中編
イグニスはトラウムやベルドに背負われて、メアリは女友達から肩を借りながら、全員はアルムへと帰還していった。
アルムの人たちはニーナの事件の犯人を二人一組で逃げれないようにし、アルムへ連行する。しかしヴァンジャスだけは怪我が重大であったため、一人の男が彼を背負い駆けていった。
そして日が沈み、辺りが薄暗くなった頃、彼らはアルムへ到着した。
犯人たちは留置所へ送られ、イグニスたちはカイルの指示で診療所に向かう。
夜になりかけているということもあり、空いている診療所などなかった。だが、偶然にも閉めようとしていたところに出会うことができた。
中には入れたものの、看護婦の話によると医師は帰宅したらしい。空いているベッドを使っていいので翌日になるまで待って欲しい、と言われ、それほど重傷ではなかったためベッドを使わせてもらうことにした。
トラウムにベッドの上に倒れさせてもらう。四隅に長方形の脚に土台を乗せ、布団を付けただけのものだったがすごく柔らかい。
気が緩むと猛烈な眠気が襲ってきた。抵抗などする気もなく、イグニスの意識は眠りへ落ちていった。
夜になり、月明かりだけが刺し込む薄暗い部屋でカイルは椅子に座りつつイグニス、メアリ、ニーナを見ていた。
手前のベッドにはイグニスが大の字に倒れ、一つ奥のベッドにはメアリとニーナが寄り添って寝ている。
頭に乗っていたウルドを抱え、視線を合わせる。
「ありがとな。お前がいてくれたおかげで、こいつらを助けることができた」
するとカイルのキャバシティを通じて、へっ、どんなもんだいと返事が来た。
カイルは立ち上がり、ウルドを椅子へ下ろす。イグニスの横に立ち、顔を見つめる。
「正直、お前がここまで成長してくれるとは思わなかったぜ。助かった。ありがとな」
言い、イグニスの頭を撫でる。反応はなかったが、そっと手を離す。
イグニスの横から足音を立てないように注意し、メアリの近くへ移動する。彼女は横になって背を向けていた。が、それでもいいやと思い口を開く。
「イグニスとウルドを的確に動かしてくれたおかげで、全員が死なずに済んだ。ありがとな」
メアリの頭部を触れる。その瞬間、少女の身体が僅かに動いた。
こいつ、起きていたなと思ったが気にせず撫でた。
手を離し、ニーナの側に移動。彼女も背を向けていたが、口を開いた。
「今回は事件に巻き込まれて災難だったな。でも頑張って耐えてくれた。おかげでイグニスもメアリも成長することができた。ありがとな」
ニーナの頭を撫でる。反応はなかった。
手を離し、椅子へ再び座る。
さて、と小さな声を漏らし、静かにため息を吐く。
すると、背後から名を呼ぶ声が聞こえた。反射的に立ち上がり、振り向けば月明かりに照らされているクロウが立っていた。
「よくここがわかったな」
「トラウム君に教えてもらったで御座るから」
それより、とクロウが区切り、柔らかい口調で、
「さっき連れてきた犯人たちを無事、監視所へ渡すことができたで御座る。お疲れ様で御座る」
「俺は特になにもやってねえよ。そういう言葉はこいつらに言ってやれ」
カイルは親指を立て、後ろを指す。
そうで御座ったな、とクロウは笑み、軽く頭を下げる。
「お疲れ様で御座る、イグニス君、メアリさん、ウルド君」
返事はしないが彼は顔を上げ、カイルと向き直る。
「それでは、拙者はもう帰るとするで御座る」
「おう、お疲れさん」
直後、彼は音を一切出さずに部屋から出て行った。
その姿を見届け、誰もいなくなったのを確認し、カイルは椅子に座って眠りに落ちた。
日が昇り、辺りが日光に照らされて明るくなった頃、小さな物音が聞こえ、イグニスは目を覚ました。
いつも見る天井と違うことに気付き、数秒で状況を把握する。とりあえず起きよう、と上半身を動かした時、老人の慌てた声が聞こえた。
「ちょっ、君。今、診断中だから動いちゃだめだよ」
と同時に両肩を押さえられ、倒れていた状態に戻された。
視線だけを動かし、ベッドの隣に立っている人物を見る。そこには、口元に白い髭を生やした白頭の男が立っていた。彼は右手をイグニスの身体に触れさせ、なぞるようにじっくりと丁寧に動かし、全身をなでる。
起きた直後に全身を老人に触られるという嫌気を感じずにいられない行為であったが、これは診断だと自分に幾度も言い聞かせることにより我慢できた。
一、二分で診断は終わり、イグニスは額に浮き出た脂汗を手で拭う。
もういいだろうと思い、上半身を起こすと右側にカイルが椅子に座り、正面に先程身体を触ってきた初老の男が立っていた。
初老の男は二人の顔を見合わせると、真剣な表情で口を開いた。
「診断した結果、二つ治療すべきところがありました。一つは彼の両足に相当な疲労が溜まっていること。これは数日休ませれば治るでしょう。それともう一つですが」
医師はンッンと咳込み、それから話を続ける。
「彼の肋骨四本にひび割れが入っていました。なので完全に治るまで、歩く程度なら構わないのですができるだけ安静にして下さい。それ以外に異常は見られなかったので、安心してください」
医師の台詞に、イグニスとカイルは安堵の息を漏らした。重い怪我がなくてよかった。
しかし骨にひびが入っていることに変わりなく、それはそれで問題なのだが。
「そういえばメアリとニーナは?」
「あいつらだったら外で待ってるはずだぞ。あとウルドも一緒にな」
カイルは立ち上がり、大きく背伸びする。
カイルは首だけをこちらに向け、
「そんじゃ、俺も外に行って待ってるからな」
それだけを言い残して、部屋から出ていった。
数分もすると奥から看護婦が胸部の形をした白い何かを持って姿を現した。
看護婦がベッドの近くまで来ると、手にしていたものをベッドの上に置き、首の位置にある穴に両手を入れた。看護婦がそれに力を加えると背中側と胸側の二つに分離した。
「それでは胸部を固定させるために、これを装着してもらいますね。では、服を脱いで両手を広げて下さい」
看護婦の指示に従ってシャツを脱いで上半身だけ裸になり、両手を広げる。片方の固定器具を背中に押し付け、もう片方を片手で胸部に微力で押さえる。
「それではいきますね」
直後。ガチンが鳴り、イグニスの胸部に鎧に似た固定器具が装着された。
「一、二か月後にまたここに来て下さい。様子を見てこれを外しますので」
わかりました、と返事をして脱いだ服を着る。少々動きづらかったが、数日経てば慣れるだろう。
イグニスはベッドから降り、カイルたちがいる外へ出た。
外へ出るとカイルが頭上にウルドを乗せて壁に背を預け、メアリとニーナが向かい合って話をしていた。
イグニスは二人に近づき、一番に聞こえたものは晴れない表情をしたメアリの声だった。
「じゃあ、ニーナちゃんとは会えなくなるんだ」
「……うん」
重苦しい空気の中でニーナは頷く。
イグニスは会えなくなるの台詞に、眉をひそめた。が、すぐに答えがわかった。元の場所に帰るんだな、と。
しかしヴァンジャスが言っていたことが確かならば、ニーナの家族はあいつらに殺されたのだ。ならば誰かに引き渡されるのだろうか。
などと考えているとカイルは壁から背を離し、イグニスと二人の間に割って入ってきた。彼はニーナの頭に右手を乗せ、言う。
「そういうわけでニーナはいろいろな手続きをしなくちゃいけねえ。それで、辛いと思うが我慢してくれ。最後に、何か言い残すことはあるか?」
問いに、言葉は出なかった。ずっと一緒にいられるとは思っていなかったが、こんな唐突に別れを告げられるとは思ってもいなかったからだ。
なんて言えばいいのだろうかと考えていると、メアリが顔を綻ばせ笑み、
「またね」
ただそれだけ。
悲しみの言葉を送るよりも、笑って送ったほうがいいかもしれない。だからイグニスは笑顔を作り、言った。
「じゃあな」
自分は今、きちんと笑えているだろうか。少し心配だったが、ニーナは笑ってくれたので大丈夫だったのだろう。
「それじゃあ行くぞ、ニーナ」
カイルの台詞に、ニーナはうんと返事をして手を繋ぐ。二人はこちらに背を向けると同時に歩き出した。
少し離れるとニーナは振り返り、手を振ってきた。そのためイグニスたちも手を振って返す。
やがて二人の姿は角を曲がって見えなくなった。それを切れ目に、イグニスはメアリに別れの言葉を告げ、家に向かって歩き始めた。




