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第8話:村外れの秘密基地と日替わり英雄ごっこ

第8話:村外れの秘密基地と日替わり英雄ごっこ


「ここを、私たちの世界最強の秘密基地にするわよ!」


村外れの森の奥、巨大な古木と苔むした巨岩の隙間。木漏れ日と草の青臭い匂い。吹き抜ける強い風と、地上5メートルの枝の上でギシギシと軋む木の音。 頭上を覆う鬱蒼とした梢の隙間から、初夏の眩しい光が斑模様となって地面の腐葉土を照らし出していた。 足元には、年月を経て丸みを帯びた黒ずんだ岩肌と、手つかずのシダ植物が生い茂っている。人里離れたこの場所は、大人たちの目を盗んで悪巧みをするにはこれ以上ない絶好の隠れ家だった。


「おいハピネス、いきなりそんな高いとこ登って大丈夫かよ? 足場もまだ組んでねえんだぞ」


地上から見上げる七歳のガルムが、両手を口元に当てて声を張り上げる。手には実家の商店の裏からくすねてきた麻紐と古布の束を抱えていた。 その隣では、同じく七歳でドワーフの血を引くリーンが、小さな鍛冶用の手斧を巧みに振るい、手頃な丸太の皮をサクサクと手際よく削り落としている。刃が木肌を削るたびに、ツンと新鮮な木の香りが弾け飛んだ。


「平気よ! ここが見張り台に一番ぴったりなんだから! ほらアルスちゃん、よいしょっと!」 「ふぎゃっ……!?」


四歳になったばかりの俺は、ハピネスの無駄に発達した腕力によって軽々と両脇を抱え上げられ、古木の分岐点にある平らな太枝の上へと一気に引き上げられた。 抱き上げられた瞬間、背中に触れるハピネスの体温と、枝のざらついた樹皮の感触。 だが――足元の視界が開けた瞬間、俺の全身の血の気が一気に引いた。


(ヒエッ……! 高い高い高い高い!! 足が竦んで動けねええええ!!)


地面が遥か下にある。 四歳児の小さな足の裏には、ゴツゴツと苔むした樹皮の頼りない感触しかない。掴まるための手すりもなければ、落下を防ぐ命綱なんて上等なものもあるはずがない。 吹き抜ける突風が木の葉をざわめかせるたび、地上五メートルの太枝全体がぐらりと鈍く大きく揺れる。視界が上下に傾くたび、胃袋が喉元までせり上がってくるような強烈な浮遊感に襲われた。


(落ちたら骨折どころじゃ済まねえぞ……! 即死だ! 四歳の脆い頭蓋骨なんて一撃で粉砕だろ!! 前世の高所恐怖症がこんなところで牙を剥くなんて聞いてないぞ……!!)


俺は恐怖のあまり涙目になり、必死の形相で両手両足を使って太い幹にしがみついた。 まるで夏のセミのように幹へへばりつき、小刻みに痙攣する手足。冷たい汗が背筋を伝い、肌着の麻布をじっとりと濡らしていく。爪の隙間に樹皮の破片が食い込む痛みすら、落下への恐怖に比べれば微々たるものだった。


「アルスちゃん、あっちから悪いドラゴンが飛んでこないか、しっかり見張っててね!」


ハピネスは満面の笑みを浮かべ、遠くに連なる青い山並みを誇らしげに指差した。 風に栗色の三つ編みをなびかせ、細い枝の先端で片足立ちすらしてみせるその度胸とバランス感覚は、完全に野生の獣のそれだ。


(見張る前に俺が落ちるわァァァァッ!!)


喉まで出かかった絶叫を必死に飲み込みながら、俺は引きつった顔で「ふ、ふえぇ……」と情けない息を漏らすのが精一杯だった。 前世のラノベ作家としての知識なら、ドラゴンなんてものはファンタジー世界の定番モンスターだ。序盤の中ボスか、終盤の災厄としてプロットに配置するだけの記号にすぎない。 だが、この世界におけるドラゴンは、知能が高く並の冒険者では束になっても歯が立たない伝説級の魔獣だ。そもそもこんな人里離れた寒村の裏山に出没することなど天地がひっくり返ってもあり得ない。


(ドラゴン以前に、目の前の重力という絶対的な物理法則に俺が敗北しそうなんだよ……! 一歩でも足を滑らせたら二度目の人生終了のお知らせだろ!!)


「おいハピネス! アルスのやつ、木の上で完全に固まってんぞ!」


下から見上げていたガルムが、眩しそうに目を細めながら叫んだ。 作業の手を止めたリーンが、削りかけの丸太に手斧を突き刺し、腰に手を当てて見上げてくる。


「なんだ、アルスは高いところが怖いのか? しょうがねぇな、ちょっと待ってな!」


七歳の怪力少女は、笑いながら古木の幹に足をかけると、猿のような身軽さで軽々と枝を伝って登ってきた。樹皮を蹴る足音すらほとんど立てない。 そして、幹にしがみついてプルプルと震えていた俺の胴体を、まるで薪の束でも抱えるかのように片腕でひょいと抱え上げた。


「ほらよっと、しっかり掴まってろ!」 「ひゃぅっ!?」


視界がふわりと宙に浮き、リーンは一切の淀みない身のこなしで下の太枝を蹴り、猫のような軽やかさで地面の草むらへと着地した。 ドサリ、と足の裏に確かな大地の感触が戻った瞬間、俺はその場にへたり込み、胸を押さえて荒い息を吐き出した。


(た、助かった……生きて地面を踏めた……)


張り詰めていた神経が解け、湿った土と腐葉土の匂いを吸い込みながら荒い呼吸を整える。 だが、安堵に浸れたのはほんの数秒だった。 木から飛び降りてきたハピネスと、麻紐を放り出したガルム、そして俺を抱き降ろしたリーンが、へたり込む俺の周りを囲んで上から顔を覗き込んできたのだ。


そして――


「ぶははははっ! アルス、木の上で生まれたての子鹿みたいにプルプル震えてたぞ!」


リーンがお腹を抱えて豪快に大笑いし、指を差してきた。 ガルムもやれやれと肩をすくめながら、「あんなに必死に木の幹にへばりついてるやつ、初めて見たぜ」とニヤニヤ笑っている。


「……っ!」


中身は前世アラサーの元作家。 それが、七歳の子供たちに無様な姿を完全に見届けられ、盛大にいじり倒される屈辱。 俺の顔は一瞬で耳の先まで真っ赤に沸騰した。


「も、もう……! リーン、アルスちゃんを笑っちゃダメ!」


ハピネスが慌てて両手を広げて割って入り、赤面して縮こまる俺の頭を抱きしめて庇ってくれる。 だが、その手厚い庇護すら今の俺には恥ずかしさを倍増させるだけで、俺は仲間の笑い声の中で小さくジタバタと身を縮こまらせるしかなかった。


第8話 了


今日の英雄役は読者様です。「いいね♡」と「お気に入り登録」で、俺たちの秘密基地に加勢してください。


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