涼しい檻
「はぁ、緊張した……! 本当に、心臓が止まるかと思いました……!」
王宮の夜会から公爵邸の私室へと戻るなり、ルチアはふかふかのソファに倒れ込んだ。
慣れない高級ドレスに身を包み、挙句の果てにはアルヴィンが国家転覆レベルの脅迫で王太子を文字通り恐怖のどん底に陥れたのだ。精神的な疲労はピークに達していた。
「お疲れ様、ルチア。よく頑張ってくれたね」
アルヴィンが、夜会用のきっちりとした上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンをいくつか緩めながら近づいてくる。少し乱れたプラチナブロンドの髪と、鎖骨の覗く姿が、夜の静けさも相まって恐ろしいほど色っぽい。
彼はルチアの隣に腰かけると、当然のように彼女の細い腰を引き寄せ、自分の膝の上へと乗せた。
「ひゃっ……アルヴィン様、あの、ドレスがシワになっちゃいます……!」
「いいさ、そんなこと。それより、ルチアの身体がすごく熱いな。やっぱり、あの埃っぽい王宮へ連れて行ったのは間違いだった。……こんなに可愛い君を、二度とあんな場所へ出すものか」
アルヴィンはルチアの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。その過保護を通り越した執着に満ちた腕の力に、ルチアの体温はさらに上昇していく。
「あ、あの……熱いのは、アルヴィン様がくっついているからなのと、このお部屋がちょっと蒸し暑いからですっ……!」
6月の王都は、夜になってもじっとりとした不快な暑さが残る季節。
ルチアが苦し紛れにそう言うと、アルヴィンはアメジストの瞳を潤ませて、ふっと物憂げに微笑んだ。
「そうか……。私は君とこうして一時も離れたくないのだが、暑いのは嫌だよね。……悲しいな、私の腕の中は、君にとって不快かい?」
「うぐっ……!(その顔はずるい……!!)」
包容力バツグンのスパダリが見せる、寂しそうな表情。これがルチアの職人魂(と乙女心)に火をつけた。
「不快じゃないです! じゃあ、今すぐこのお部屋を、どこよりも快適にしてみせます!!」
ルチアはアルヴィンの膝から飛び降りると、夜会ドレスのまま猛然と作業台へと向かった。
これまでに作った『保冷皿』や『魔導冷蔵庫』の熱操作回路の、さらに上を行く高密度な術式。前世の日本の文明の利器――『エアコン(空気調和設備)』の構造を、異世界の魔導技術で再現するのだ。
「風の魔石で空気の流れを作り、昨日開発した冷却回路と、ついでに除湿の術式も連動させて……これを、壁に設置する薄い箱の形に収める!」
アルヴィンが呆然と見守る中、わずか一時間足らずで、ルチアの手によって世界初の壁掛け型『魔導エアコン』が完成した。
ルチアが壁に取り付けた箱に魔力を流すと、ピッと心地よい音が響き、中から『じっとりした湿気を完璧に除去した、摂氏二十六度の極上の冷気』が、部屋全体へと行き渡り始めた。
「わあ……! 涼しい……!!」
ルチアが歓声を上げる。
だが、その背後に静かに忍び寄ったアルヴィンは、冷気が部屋を満たしていく心地よさを肌で感じた瞬間、その完璧な美貌をゆっくりと、獲物を狙う肉食獣のそれへと変えていた。
「ルチア……君は、またしても神の領域に手を出したね」
「え? ただのエアコンですよ? お部屋を涼しくして、カラッとさせるだけの……」
「これが外に知られたら、今度こそ世界中の王族が君を奪い合いに来る。……だが、そんなことはどうでもいい。それよりも、ルチア」
アルヴィンはルチアの身体を軽々と抱き上げると、今度は部屋の奥にある、天蓋付きの巨大なキングサイズベッドへと向かった。
「キャッ!? な、何ですか!?」
「素晴らしい魔法具だ。この箱のおかげで、部屋はどれだけくっついても汗ひとつかかない、最高の温度に保たれている。……つまり、こういうことだろう?」
アルヴィンはルチアを優しくベッドへ横たえると、自身もその上に覆いかぶさるようにして、彼女をシーツと自分の身体の間に閉じ込めた。
「これなら、私が一日中、君をこうして抱きしめて添い寝をしていても、君は『暑い』と言って逃げ出せない。……最高の檻を自ら作ってくれたね、私の可愛いルチア」
「ええええええっ!? そんなつもりじゃ……っ!!」
「ふふ、もう遅いよ。今日からこの部屋は、私と君だけの楽園だ。一歩も外に出ず、私にたっぷり甘やかされながら、次の発明のことだけを考えておいで」
アルヴィンは抵抗するルチアの手首を優しく、けれど完璧な力でベッドに固定すると、彼女の額、鼻先、そして唇へと、とろけるような甘いキスを何度も、何度も落としていく。
涼しくて快適な部屋。けれど、重なるアルヴィンの体温と、その底なしの溺愛だけが、どこまでも熱くルチアを溶かしていくのだった。




