過保護の限界突破
「うぅ……頭が、かるく、ふわふわします……」
ベッドの中から、ルチアは力なく声を漏らした。
前世の知識で作った『魔導エアコン』の快適さに甘え、アルヴィン様とベッドでずっとイチャイチャしすぎたのが祟ったのだろうか。ルチアの頬はいつもと違う、病的な熱で真っ赤に染まっていた。
コンコン、と控えめな音がして、お盆を手にしたアルヴィンが部屋に入ってくる。
いつもなら一分の隙もない完璧な公爵様だが、今日の彼は、シャツのボタンをいくつも掛け違え、プラチナブロンドの髪も少し乱れていた。
「ルチア……! 具合はどうだい? 苦しくないかい……?」
アルヴィンはベッドの横に膝をつくと、ルチアの額に自身の大きな手を当てた。そこから伝わる熱に、彼のアメジストの瞳がこれまでにないほど激しく揺れる。
「っ、こんなに熱いなんて……! 私が君を部屋に閉じ込めたりしたからだ。すまない、すべて私の責任だ……。今すぐ国中の高名な治癒魔術師と、お抱えの医師をすべてここに集めよう。いや、いっそ私が私の全魔力を君に流し込んで――」
「あ、アルヴィン様、落ち着いてください……っ! ただの、ちょっとした風邪ですから……っ!」
普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほどパニックになっているスパダリを、病人のルチアが慌ててなだめるという奇妙な構図になっていた。
「風邪……? 本当にそれだけかい? 君がこのまま私の前から消えてしまうんじゃないかと、生きた心地がしなかったんだ……」
アルヴィンは、ルチアの細い手を両手で包み込み、まるで壊れ物を扱うように自分の頬に寄せた。包容力バツグンの大人の男性が、今にも泣きそうな顔で自分に縋っている。その姿が、ルチアにとってはたまらなく愛おしく、そして少しだけ気恥ずかしい。
「消えたりしませんよ。……それに、アルヴィン様、それなんですか?」
ルチアが視線を向けると、アルヴィンが持ってきたお盆の上には、湯気を立てる銀の器が乗っていた。
「あ、ああ、これかい? 君が以前言っていた『風邪を引いた時には、お米を柔らかく煮たお粥というものがいい』という話を思い出してね。お抱えシェフたちを総動員して、最高級の魔獣のじっくり煮込んだスープで、お米をクタクタになるまで炊かせたんだ。……栄養は完璧だよ」
「わぁ……美味しそう」
じわりと食欲をそそる優しい香りに、ルチアのお腹が小さく鳴った。
アルヴィンはふっと表情を和らげると、お粥の器を手に取り、スプーンで丁寧にすくい上げた。そして、自分の唇で「ふぅ、ふぅ」と優しく冷ましてから、ルチアの口元へと運ぶ。
「さあ、ルチア。あーんだよ。熱いから気をつけてね」
「あ、ありがとうございます……あ、ん」
ぱくり、とお粥を口に含む。
じっくり抽出されたスープの旨味が優しく五臓六腑に染み渡り、冷えた身体を内側から温めていく。前世の日本の「お粥」を遥かに凌駕する、宮廷シェフたちの本気の病気食だ。
「美味しい……です……」
「良かった。ほら、もう一口。君が元気になるまで、私は一歩もこの部屋から動かないからね」
アルヴィンは、ルチアが一口食べるごとに、まるで奇跡を目撃したかのように嬉しそうな、愛おしそうな笑みを浮かべた。
結局、ルチアが
「もうお腹いっぱいです」
と言うまで、至れり尽くせりの餌付けは続いた。
お皿を片付けたアルヴィンは、今度は濡らしたタオルで、ルチアの首筋や手の平を優しく拭い始めた。
「アルヴィン様、そんなことまで……! メイドさんに頼んでくださいっ!」
「嫌だよ。君のこんな無防備な姿、他の誰にも見せられるわけがないだろう。……それに、こうして君のお世話をしている時だけが、私の独占欲を満たしてくれるんだ」
アルヴィンはタオルのついでに、ルチアの熱い手の甲にそっと唇を寄せた。
「早く良くなっておくれ、ルチア。君が元気にならないと、私は君を思いっきり抱きしめることも、あの甘いアイスクリームのような唇にキスをすることもできない。……今、もの凄く我慢しているんだよ?」
「なっ……!?」
病気の熱とは違う、本気の熱を孕んだアメジストの瞳で見つめられ、ルチアの体温は再び急上昇。
「あ、アルヴィン様のバカ……! 部屋を涼しくした意味、全然ないじゃないですか……っ!」
「ふふ、君が赤くなっている姿が一番可愛いよ。さあ、お薬を飲んで眠ろうね。……大丈夫、私がずっと、ここで君の手を握っているから」
アルヴィンはベッドの端に腰掛け、ルチアの小さな手をぎゅっと握りしめた。その大きな手の包容力と、底なしの過保護な温もりに包まれながら、ルチアは今度こそ心地よい眠りへと落ちていくのだった。




