公爵様の不機嫌と、特別なドレス
「……チッ、余計な真似を」
公爵邸の執務室。
アルヴィンは、手元に届いた金縁の招待状を、アメジストの瞳が凍りつくほどの冷徹な目で見つめていた。普段の包容力バツグンなスパダリの姿はどこへやら、現在の彼は完全に『裏の顔(黒さ100%)』が隠しきれていない。
招待状の差出人は、この国の王太子。
内容はこうだ。――『近頃、アルヴィン公爵が下町から稀代の天才魔法具師を連れ込み、夜な夜な囲っているという噂がある。次回の王宮夜会にて、ぜひその者を披露せよ』
「ルチアを王宮のような有象無象が集まる場所に連れて行くだなんて……。あの馬鹿な貴族どもや王太子に、ルチアの可愛い姿を見せるなど万死に値するね」
低く冷え切った声で物騒なことを呟くアルヴィン。
しかし、王命に近いこの招待を完全に無視すれば、逆にルチアに『国家反逆の嫌疑』などがかけられ、彼女の身が危うくなる可能性がある。
「……仕方がない。ルチアが『私のもの』であり、指一本触れることも許されない存在だと、国中の愚か者どもに骨の髄まで叩き込んであげよう」
アルヴィンは一瞬で極上の(けれど目が全く笑っていない)笑みを浮かべると、ルチアのいる工房へと向かった。
「えええっ!? 王宮の夜会ですか!?」
案の定、工房で新しい魔法具(魔導扇風機)の図面を引いていたルチアは、飛び上がって驚いた。
「はい、アルヴィン様、私みたいな下町の人間がそんな高貴な場所に行ったら、不敬罪で首が飛びます! お留守番しています!」
「大丈夫だよ、ルチア。君の首を飛ばせる人間なんて、この国には私を含めて一人もいないからね。君はただ、私の隣で美味しいお菓子を食べていればいいんだ」
アルヴィンは優しくルチアの肩を抱き寄せ、その安心させるような温かさで彼女を包み込んだ。
「それに、夜会に出るための準備はすべて私が整える。君は世界で一番美しく、誰よりも大切にされるべきお姫様なんだから」
そう微笑むアルヴィンの合図で、工房に大量の人間が雪崩れ込んできた。
王都でも指折りの高級仕立屋、宝石商、そしてメイクアップアーティストたちだ。
「さあ、我が公爵家の総力を挙げて、ルチアを仕立てるよ」
そこからの数日間、ルチアはまるで着せ替え人形のような日々を送ることになった。
アルヴィンは仕立屋が持ってきた何百枚もの布地の中から、「この色はルチアの肌に合わない」「このカッティングは露出が多すぎて不愉快だ」と、恐ろしいほどのこだわり(と独占欲)を発揮してすべてを監修していく。
そして迎えた、夜会当日の夜――。
「……できた。本当に、言葉を失うほど愛らしいよ、ルチア」
公爵邸の大きな鏡の前。ドレスアップを終えたルチアを見て、アルヴィンがうっとりとため息をついた。
ルチアが身にまとっているのは、彼女の瞳と同じ、輝くようなアジュアブルーの最高級シルクドレス。
胸元や背中の露出はアルヴィンの厳命によって徹底的に抑えられているが、その分、ウエストのラインが美しく強調され、散りばめられた魔導水晶が星空のように瞬いている。髪は美しくアップにされ、アルヴィンの瞳と同じ『アメジスト』の最高級の髪飾りが輝いていた。
「な、何だか落ち着かないです……。それに、この髪飾り、アルヴィン様の目の色と同じですね?」
恥ずかしそうに身を捩るルチアを、アルヴィンは背後からそっと抱き、彼女の首筋に愛おしそうに唇を寄せた。
「そうだよ。国中の人間に『この娘はアルヴィン公爵の所有物だ』と分からせるための、特別な魔除け(マーキング)さ。……さあ、行こうか、私の可愛い魔女殿。君のその美しさで、世界を驚かせておいで」
アルヴィンはルチアの手を取り、その甲に深く、熱いキスを落とした。
こうして、二人はついに公爵邸という安全な檻を出て、下衆な貴族たちの思惑が渦巻く王宮の夜会へと足を踏み入れることになる――。




