公爵様の業務妨害
公爵家の商会を通して発売された『普及型ぽーたぶるクーラー』は、売り出しと同時に王都中で異例の爆発的ヒットを記録した。
「パン窯の前でも快適に仕事ができる!」
「赤ん坊が夜泣きせずにすやすや眠れるようになった!」
職人街から貴族の邸宅まで、口コミは一瞬で広がり、商会の店頭には連日長蛇の列ができる事態に。
さらにその噂は王宮、果ては隣国にまで届き――。
「ルチア国家賢者様! 王宮のすべての執務室へ導入したいと、総務省から打診が!」
「隣国の使節団から『我が国の外交館用に500台、至急譲ってほしい』と破格のオファーが来ております!」
公爵邸の応接室には、マイルズが持ち込んだ注文書の山がタワーのように積み上げられていた。
「ええええっ!? 500台!?」
ルチアはラボの作業台で目を丸くした。
いくら工房での量産体制を整えたとはいえ、コアとなる「安全制御ルーン」の最終チェックと魔力校正は、国家賢者であるルチア自身が一つひとつ行わなければならない。
「よーし! 職人さんたちの期待に応えるためにも、今日から残業体制で校正作業を頑張ります!」
ルチアが鼻先の眼鏡をキュッと押し上げ、やる気満々でドライバーを握りしめた、その時――。
カチリ。
ラボの自動施錠が作動し、重厚な防音扉が重々しい音を立ててロックされた。
「……ん? あれ、マイルズ様? 扉が……」
「マイルズなら追い出したよ。我が公爵邸で、私の婚約者にこれ以上の『残業』を命じる不届き者は、マイルズであろうと即座に減給処分だ」
背後から伸びてきた力強い腕が、作業台に向かっていたルチアの細い身体を軽々と抱え上げた。
黒髪の変装を解き、いつものプラチナブロンドと妖艶なアメジストの瞳に戻ったアルヴィンが、不機嫌そうにルチアの首筋へ顔を埋めてくる。
「ア、アルヴィン様!? 今すごく大事な時期なんです! 王宮も隣国もクーラーを待っていて……っ」
「知ったことか。王宮の役人どもも使節団も、暑いなら氷水でもかぶっていればいい。……君は今日、私と一回も目が合っていないんだよ?」
アルヴィンはルチアの手からドライバーを優しく奪い取ると、それを遠くの作業台へ置いた。
そのままルチアをお姫様抱っこで抱え上げ、部屋の隅にある「超大型・最高級冷感ソファ」へと移動する。
ピッ。
ルチアのパニックによる脈拍上昇を察知したラボのエアコンが、空気を一気に「極上の甘々ひんやりモード」へと切り替えた。
「あ……風が……っ」
「ほらごらん、我がエアコンも『ルチアは休むべきだ』と抗議している」
「私を休ませようとしてるのはアルヴィン様です……っ!」
「きゅ~う❤」
ソファの上では、シロちゃんが「残業反対!」と言いたげにルチアの膝の上に飛び乗り、冷感クッションとして完全にガードを固めた。
「ルチア。君の発明が世界を救うのは誇らしい。だが、私を放り出してまで働くだなんて、公爵家当主として、そして君の夫(予定)として絶対に許さないよ」
アルヴィンはルチアの耳元で低く甘く囁くと、抵抗する隙を与えることもなく、その柔らかな唇を深く深く塞いだ。
熱い口づけと、全身を包み込む涼風。
注文書の山と世界の期待を背負った天才エンジニア・ルチアだったが、過保護すぎる公爵様の強烈な「業務妨害(溺愛)」によって、この日は強制的に甘い甘い余暇を過ごされるのだった。




