下町試運転デート
過剰魔力対策と安全装置を完璧に組み込んだ『普及型ぽーたぶるクーラー』。その完成品を手に、ルチアとアルヴィンは王都の庶民街へと繰り出していた。
もちろん、目立ちすぎる二人は「変装」している。
アルヴィンはいつものプラチナブロンドを魔法で目立たない艶やかな黒髪に変え、仕草もどこか素朴な旅の剣士風に。ルチアも親しみやすい町娘の服に身を包み、お揃いの丸眼鏡をかけている。
そしてルチアの肩掛け鞄からは、小さなシロちゃんがちょこんと顔を出していた。
「……アルヴィン様、黒髪もすごく似合っていますね。何だか雰囲気がガラリと変わって新鮮です」
「そうかい? 君にそう言われるなら、この姿も悪くはないな。……だが『アルヴィン様』ではなく『アルヴィン』と呼んでおくれ、ルチア。今日はただの『仲の良い恋人同士』という設定なのだろう?」
そう言って、黒髪のアルヴィンはごく自然にルチアの指に自身の指を絡めてきた。
「あ……はいっ、アルヴィン……っ」
繋がれた手のひらから伝わる熱さに、ルチアの顔がポッと赤くなる。
初夏の王都の下町は、照りつける太陽と大通りの活気でかなりの気温になっていた。鍛冶屋の煙や露店の熱気が立ち込め、通りを行き交う人々も汗を拭いながら歩いている。
「絶好の試運転日和ですね! よーし、動作テスト開始です」
ルチアは斜め掛けにしたポータブルクーラーのダイヤルを回した。
カチリ。
木枠の可愛らしい小箱から、爽やかな高原のそよ風のような涼風が「ふぅ……っ」と吹き出し、二人の周りの蒸し暑い空気を優しく包み込んでいく。
「すごい……! 歩いて移動していても、ちゃんと揺れを感知して風量が安定しています。魔力消費も生活魔石1個でまる一日持ちそうです!」
「素晴らしい成果だね、ルチア。……それに、君の周囲だけが涼しくなったことで、こうして君を抱き寄せた時の体温がより心地よく感じられる」
「ちょっ……アルヴィン! 人目がありますからっ!」
腰を引き寄せるアルヴィンに赤くなっていると、ふと、露店の物陰から羨ましそうに二人を見つめる視線に気づいた。
そこには、汗だくになりながら大きな荷物を運んでいた、パン屋の見習い少年が立っていた。
「あの……お姉さん、それ……何ですか? 何だかお姉さんたちの周りだけ、すごく涼しそうな風が吹いてる気がして……」
少年が恐る恐る尋ねてくる。ルチアはパッと目を輝かせると、笑顔で駆け寄った。
「これね、『ぽーたぶるクーラー』っていう新しい魔導具なの! ちょっと試してみてくれる?」
ルチアは少年の前でクーラーの風量を少し強めてあげた。
瞬間、作業で火照っていた少年の顔に冷たい清涼感が届き、その瞳が一気に丸くなる。
「うわあぁ……っ!? すげえ! 氷の部屋にいるみたいに涼しい! これがあれば、真夏のパン焼き窯の前でも倒れずに作業できるよ!」
「本当!? 職人さんの役に立ちそうだね!」
感動する少年の姿に、ルチアは胸がいっぱいになる。前世のエンジニア時代、自分の作った技術が誰かの笑顔に繋がる瞬間の喜びが、異世界のこの街で再び花開いたのだ。
「ふふ、ルチア。君の発明は、やはり世界を幸せにするね」
アルヴィンは優しくルチアの髪を撫でると、少年に向かってフッと口角を上げた。
「ボウズ、この商品は近いうちに公爵家の商会を通して、手頃な価格で王都中に売り出される予定だ。楽しみにしておくといい」
「本当ですか!? お兄さん、お姉さん、ありがとう!」
元気に走り去っていく少年を見送りながら、ルチアはアルヴィンを見上げた。
「アルヴィン、ありがとう。公爵家の流通を使ってくれるなら、本当に必要としている人たち全員に届きます」
「君の努力を一番形にしたいのは、私だからね。……さあ、試運転も大成功だ。そろそろ、二人きりの『デート』の続きをしようか」
アルヴィンは繋いだ手を少し強く握り締め、黒髪の下のアメジストの瞳を甘く痺れさせた。
「次は……あちらのカフェで、君が食べたいと言っていた冷たい果実水でも飲もう。それとも、公爵邸の冷たい寝室へ直行するかい?」
「絶対カフェです!!」
大賑わいの王都の下町で、二人の甘い試運転デートは、清涼な風とともにどこまでも続いていくのだった。




