庶民の夏を救え
完成した『ルチア・ラボ』で、国家賢者ルチアの新たなるプロジェクトが幕を開けていた。
「これまでの魔導具は、貴族や富裕層しか買えない高価な魔晶石を使っていました。でも……王都の夏の暑さに苦しむ一般の庶民や、職人さんたちにこそ冷気が必要です!」
ルチアはラボの大きなブラックボードに、羽ペンでサクサクと設計図を描き出していく。
目指すは【小型・軽量・低コストなポータブル魔導クーラー】。
高級な高純度魔晶石ではなく、街の魔導ショップで安価に手に入る「微弱な生活魔石」や、使用者の微量な生活魔力(生体エネルギー)だけで稼働する熱交換回路の構築だ。
「なるほど。前世の『ペルチェ素子』や『水冷式ファン』の仕組みを、こちらの簡易ルーン回路に置き換えれば……」
鼻先の眼鏡を押し上げ、一心不乱に作業台へ向かうルチア。
その横顔はまさに天才エンジニアのそれであり、作業台の上には、小型の風切りファンや銅製の排熱パイプの試作品がズラリと並んでいた。
「きゅ……きゅ~う!」
足元では、助手(?)のシロちゃんが小さな歯で銅パイプの端をコトコトと押さえ、ルチアの作業を手伝っている。
「ありがとうシロちゃん! よし、これで試作一号機の組み立て完了です!」
ルチアが組み上げたのは、手のひらに乗るほどの小さな木枠の箱。中に水を入れるタンクがあり、簡易ルーンで気化熱と微弱な冷気を発生させ、ファンで涼しい風を送る構造だ。
「では、スイッチオン……!」
カチリ。
ポータブルクーラーの吹き出し口から、心地よいひんやりとした涼風が「ふぅぁ……」と吹き出してきた。
「やった! 動いたわ! これなら材料費も安くて、職人さんの作業場や一般家庭でも――」
カチャリ。
重厚な防音扉が開き、長時間の研究に痺れを切らしたアルヴィンが足を踏み入れてきた。その手には、ルチアの水分補給用の冷えた果実水(と、自分用の抱擁補給)が用意されている。
「おや、もう形になったのかい? 手際が良いな、我が愛しき賢者」
「アルヴィン様! 見てください、これが庶民向けの『ぽーたぶるクーラー』試作一号機です! 少ない魔力で、これだけの清涼感が……」
ルチアが嬉しそうに試作機を差し出すと、アルヴィンはアメジストの瞳を細め、その小型クーラーと、ルチアの額に浮かぶ小さな汗を交互に見つめた。
そして――
「……ふむ」
アルヴィンが試作機にそっと指先を触れさせた瞬間。
ピキピキピキッ……!!
「えっ!?」
アルヴィンが無意識に漏らした(あるいはルチアを独占したい欲求から発せられた)強大な氷系魔力が、試作機の簡易回路にオーバードライブを引き起こした。
吹き出し口から猛烈な「猛吹雪」が噴出し、試作機全体が一瞬で氷漬けのドームと化してしまう。
「ひゃああっ!? 寒っ!!」
「おっと」
間一髪、アルヴィンは氷漬けになった試作機を脇へ押しやり、凍えるルチアを自分の広い胸の中へと抱き上げた。はだけたマントで彼女の身体をすっぽりと包み込み、自分の体温で温める。
「な、何をするんですかアルヴィン様! 試作機がカチコチに……っ!」
「すまない、ついうっかり魔力が漏れてしまった。だが、この程度の耐久力では、万が一の魔力逆流に耐えられないということだね。改修の余地がある」
「絶対わざとですよね!? 私を抱きしめる口実にするために過剰魔力を流しましたよね!?」
「まさか。私はただ、過酷な実験に挑む我が賢者を『保温』しているだけだよ」
アルヴィンは悪びれもせず微笑むと、冷たくなったルチアの頬に自分の温かい唇を寄せた。
「きゅ~う(氷漬けになった機械の上で、シロちゃんが冷気にご満悦の表情を浮かべている)」
「うぅ……シロちゃん涼しがってないで助けてください……っ」
トラブル(と公爵様の過剰なスキンシップ)に見舞われつつも、回路の安全性と耐久性を強化した「一般向けポータブルクーラー」の完成は、すぐそこまで迫っているのだった。




