次元遮断モード
翌朝。
エアコンが完璧な温度と湿度を維持し続ける最高に快適な寝室で、ルチアはゆっくりとまぶたを開けた。
「……ん……ふぁ……」
カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝日に照らされ、ルチアの視界に跳び込んできたのは、相変わらず整いすぎているアルヴィンの寝顔だった。ルチアの腰に廻された腕は、寝ている間も緩むことなく、彼女を完全に抱き枕のようにホールドしている。
(……本当に、何事もなく王都に帰ってこられてよかったな)
国境の大結界の修復、老魔導師たちとの押し問答、そして何よりアルヴィン様からの過剰なまでの溺愛お仕置き。ここ数日の怒涛の展開を思い出し、ルチアはふふっと小さく微笑んだ。前世のエンジニアとしての知識が、この世界の人々を救い、そして大好きな人を助ける役に立ったのだと思うと、誇らしさと安堵が込み上げてくる。
と、その時。
カチッ……ピッ。
不意に、部屋の隅の魔導エアコンが、ルチアの作った『自動感知機能』とは異なる、見慣れない電子音を立てて点滅し始めた。
「……え?」
ルチアが目を丸くして注視すると、エアコンの側面に増設されていた小さな魔導液晶画面に、見覚えのないルーン文字がズラリと緊急表示されている。
『警告:外部からの高出力探知魔術を感知。自動防御シーケンス起動』
『公爵邸外囲結界と接続……「絶対障壁・次元遮断モード」を展開します』
「え、えええええっ!? ちょっと待って!?」
ルチアが叫ぶ間もなく、部屋全体がごく微かに揺れ、空気の密度がガラリと変わった。
壁や扉の隙間から、青白い幾何学模様の結界陣が幾重にも浮かび上がり、カシャン、カシャンと音を立てて物理的・魔術的なすべての「出口」を遮断していく。
「……ん、どうしたんだい、ルチア。朝からそんなに大きな声を出して」
騒ぎに気づいたアルヴィンが、アメジストの瞳をうっすらと開けた。寝起きの少し乱れたプラチナブロンドの髪と、はだけた胸元が妙にセクシーだが、ルチアにはそれどころではなかった。
「アルヴィン様! エアコンが! エアコンが勝手に『次元遮断モード』を発動させちゃいました!!」
「……ああ、それかい。昨日言っただろう? 外部から探知魔術を受けた瞬間、この部屋を隔離空間にするように術式を組み込んでおいたんだ」
アルヴィンは全く動じる様子もなく、むしろ満足そうにルチアの腰を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めてすりすりとすり寄ってきた。
「ちょっと! 誰が探知魔術なんて使ったんですか!? マイルズ様ですか? それとも国王陛下……!?」
「だれでもいいさ。これで誰にも邪魔されず、君と一日中ここで過ごせる」
「良くありませんっ! 閉じ込められてます、私たち!!」
「きゅ~う(快適だから別にいいや、と言いたげにあくびをする)」
ベッドの足元では、シロちゃんが冷風に当たりながら完全にリラックスモードに入っていた。
ルチアの作った「前世の技術と魔法の融合エアコン」は、国家の危機を救ったどころか、過保護で独占欲の強い公爵様の手によって、ついに【世界で最も快適で、絶対に脱出不可能な甘々シェルター】へと進化を遂げてしまったのだった。




