公爵邸の新たな防壁
ガタゴトと心地よい揺れを響かせながら、魔導馬車はついに見慣れた王都の門をくぐった。
国境の結界炉が完全に沈静化し、他国の脅威が去ったという報せは、すでに早馬(および魔導通信)によって王都全域に轟いている。門を抜けた大通りには、国の危機を救った英雄の帰還を一目見ようと、多くの民衆が集まっていた。
「わあ……凄い人ですね……」
ルチアが馬車の窓からそっと外を覗くと、歓声とともに色とりどりの花びらが投げ込まれてくる。
前世では地味なプラント設計部門の一エンジニアに過ぎなかったルチアにとって、これほど華やかな賞賛を浴びるなど未だに現実感が湧かない。
パチ、と窓のカーテンが容赦なく閉められた。
引きちぎらんばかりの勢いで遮光カーテンを引いたのは、もちろん隣に座る我が公爵様である。
「アルヴィン様?」
「見せる必要はない。民衆の前に君を立たせれば、またぞろ『奇跡の聖女』だの『国家の至宝』だのとうるさい連中が群がってくる。君を勝手に英雄に祭り上げて、王宮へ連れ去ろうとする輩をこれ以上増やしたくないんだ」
アルヴィンは眉間を深く険しく染め、ルチアを自分の長いマントの内側へとすっぽりと囲い込んだ。そのアメジストの瞳には、凱旋の喜びなど微塵もなく、むしろ「せっかくの密室(馬車)が終わってしまった」という、子供のような不満が露骨に滲み出ている。
「もう……。でも、お城へ行って陛下に報告をしなければいけないんですよね?」
「マイルズに行かせた。あいつの報告がどんなに雑でも、結界炉の数値が正常である以上、陛下も文句は言えまい。それに――」
アルヴィンはルチアの耳元に顔を寄せ、低く、少しだけ掠れた声で囁いた。
「今の私は、国家の政務よりも、君に深く『依存』している。国境への強行軍で、私のルチア成分を摂取する時間が圧倒的に不足しているんだ。王城に寄っている暇など、一秒たりともない」
「ひゃうんっ……!」
首筋に触れるほんのりとした唇の感触に、ルチアの身体が甘く跳ねる。
馬車が公爵邸の敷地内に入り、完全に停車した瞬間、アルヴィンはルチアを軽々とお姫様抱っこで抱え上げた。
「お帰りなさいませ、アルヴィン閣下、ルチア様!」
出迎えたメイドや執事たちが深く頭を下げる中、アルヴィンは誰の言葉にも耳を貸さず、長い歩幅でそのまま最上階の主寝室へと直行した。
バタン、と重厚な扉が閉められ、幾重もの施錠術式がカチカチと音を立てて部屋を封鎖する。
そこは、旅に出る前と全く変わらない、世界で一番安全で、世界で一番涼しい二人の聖域だった。
壁に設置された本家『魔導エアコン』が、主人の帰還を察知して自動で起動し、高原の夜風のような極上の冷気を部屋中に満たし始める。
「ふぅ……。やっぱり、このお部屋が一番落ち着きますね」
ベッドに優しく下ろされたルチアが息を吐くと、アルヴィンはすぐさまその隣へと滑り込み、ルチアの細い腰をがっちりと腕のなかに閉じ込めた。
「ああ、私のオアシスだ。……ルチア、早速だが、馬車の中で約束した『改良』の話をしようか」
「改良、ですか? 防音と結界遮断の……?」
「そうだ。国境の魔導師どもが君を長官に推薦した件といい、今回の件で君の価値が世間に知られすぎた。明日からは、陛下だけでなく、他の貴族たちもこぞって君を囲い込もうと躍起になるだろう」
アルヴィンはルチアのプラチナブロンドの髪を愛おしそうに指に絡めながら、そのアメジストの瞳を妖しく光らせた。
「だからね、この寝室のエアコンの魔力パスを、公爵邸全体の防衛結界と直結させる。君の心拍数が上がって『抱擁モード』が最大出力になった瞬間、この部屋は異次元の隔離空間となり、国家最高クラスの探知魔術を以てしても、誰一人として中を覗くことも、入ることもできなくなるようにするんだ」
「それ、ただの引きこもり用のシェルターじゃないですか……っ!」
「私と君を引き離そうとするすべての有象無象から、君を完全に隠すための『絶対障壁』さ」
悪びれる様子もなく、むしろ「完璧な名案だ」とでも言いたげに微笑むアルヴィン。
部屋を満たす冷気はどこまでも心地よいのに、彼の熱い胸板にぴったりと押し付けられたルチアの身体は、早くも甘い熱ですっかり蕩け始めていた。




