新たな国家機密の芽
王都への帰路、魔導馬車は国境の緊迫感から解き放たれ、どこか穏やかな速度で街道を進んでいた。
車内には、ルチアが持ち込んだポータブルエアコンが静かに駆動し、初夏の汗ばむ空気を心地よい清涼感で満たしている。
「……ふぁ……」
ルチアは、アルヴィンの広い胸に背中を預けたまま、小さくあくびを漏らした。
国境での大仕事と、その後の賓客室での激しい「お仕置き(溺愛)」のせいで、身体の芯には心地よい疲労感が残っている。アルヴィンの長い指先が、ルチアのプラチナブロンドの髪を愛おしそうに何度も梳いていた。
「お疲れ様、ルチア。王都に着くまで、このまま眠っていてもいいんだよ」
「いえ、大丈夫です……。でも、本当に結界が安定してよかったですね」
「ああ。君のおかげで、我が国の北方防壁は向こう百年は揺るがないだろう。……ただ、一つだけ問題があってね」
アルヴィンはルチアの肩に顎を乗せ、アメジストの瞳を少しだけ不機嫌そうに細めた。
「問題、ですか……? 何か回路に不具合でも?」
ルチアが慌てて振り返ろうとすると、腰を抱く腕の力が強くなる。
「回路ではないさ。……国境の老魔導師たちが、君の『排熱冷却ルーン』に完全に心酔してしまってね。すでに王宮の魔導省へ『ルチア賢者を次期魔導省長官に』という推薦状が、驚くべき速度で届いているらしい」
「ええっ!? 長官だなんて、私、ただのしがないエンジニア(設計者)なのに……っ!」
「当然、私が全力で握り潰したけれどね。君をそんな激務の役職につけたら、私と引きこもる時間がなくなってしまうだろう?」
アルヴィンはもっともらしい顔で、ルチアの耳たぶを優しく食んだ。その独占欲全開の行動に、ルチアは赤くなりながらも、彼の手をそっと握り返す。
「きゅ~う」
足元では、すっかり元のひんやりもふもふに戻ったシロちゃんが、ルチアの足首に身体を擦り付けて甘えていた。アルヴィンのブラッシングがよほど気持ちよかったのか、最近はアルヴィンが近くにいても、恐れずに定位置をキープするようになっている。
「……この白大福も、妙に私に図々しくなったな」
「ふふ、シロちゃん、アルヴィン様にも懐いちゃったんですよ」
「懐かれても、ルチアを譲る気は一厘もないがね」
アルヴィンはクスリと笑うと、ルチアをさらに深く抱き寄せた。
国境の危機を救ったことで、ルチアの「前世の知識」はもはや誰も無視できない国家の至宝となった。これから王都に戻れば、国王陛下をはじめ、多くの貴族たちが彼女の技術を放っておかないだろう。
けれど、アルヴィンの胸の中にいる限り、どんな政治の嵐も、彼女の身に届くことはない。
「王都に帰ったら、まずは公爵邸のエアコンをさらに改良しよう。……今度は、二人きりの時間を誰にも邪魔させないための『完全防音・結界遮断モード』を搭載してもらうよ」
「もう、アルヴィン様。そんな私欲のための機能ばっかり増やさないでください……っ」
「私にとっては、君と二人きりで過ごすことこそが、最大の国家機密だからね」
いたずらっぽく、けれど深く蕩けるような愛を込めて微笑む公爵様に、ルチアは今日も勝てるはずもなく。
初夏の風が通り抜ける街道を、馬車は二人の甘い未来を乗せて、ゆっくりと王都へと進んでいくのだった。




