暴走の収束
キィィィィィン――!!
ルチアが叫んだ瞬間、結界炉の奥底から耳を劈くような高周波の駆動音が響き渡った。
赤黒く怒り狂っていた主結晶の輝きが、一瞬、完全に消失する。
「なっ、魔力が消えた!? 結界が消滅するぞ!」
と老魔術師たちが悲鳴を上げたのも束の間。
次の瞬間、結界炉の内部回路を走る無数のスリットが、エアコンの冷却サイクルを応用したルチアの『自動負荷分散ルーン』に沿って、目にも鮮やかな「極光」のような青色の光で次々と満たされていった。
ゴォォォ……と、低く安定した、心安らぐ排気音が室内に響き渡る。
先ほどまで肌を焼き、大気を歪ませていたあの不気味な熱風は完全に消え去り、代わりに砦の隅々まで、まるで高原の朝を思わせる清涼な風が吹き抜けていった。
「……ば、馬鹿な。結界炉の熱暴走が……完全に収束した……!?」
老魔術師たちがガタガタと震えながら制御盤の数値を見つめる。
そこには、彼らが何十年もかけて一度も到達できなかった「完全な魔力平衡状態」を示す、美しい均一の魔力グラフが描かれていた。摩擦熱による魔力ロスがゼロになり、効率は従来の数倍にまで跳ね上がっている。
「直り……ました……!」
ルチアがドライバーを握りしめたまま、その場にふにゃふにゃとへたり込みそうになった。限界以上の集中力を発揮したため、足の力が一気に抜けてしまったのだ。
だが、彼女の身体が床に届く前に、背後から伸びた力強い腕がその身体をしっかりと、壊れ物を扱うように優しく抱き止めた。
「見事だったよ、ルチア。我が国の、いや、私の誇る偉大な国家賢者」
アルヴィンはルチアを完全に横抱き(お姫様抱っこ)にすると、安堵と、それ以上に深い深い愛おしさを込めて、彼女の額にそっと唇を押し当てた。その肌に触れるだけで、ルチアの張り詰めていた緊張が、温かいお湯に溶けるように消えていく。
「ア、アルヴィン様……。みんなが見てます……っ」
「見させておけばいい。これほどの偉業を成し遂げた我が婚約者だ。これくらいの役得がなければ、この場で隣国ごと国境を消し飛ばしていたところだよ」
「こ、公爵閣下……! 先ほどの無礼の数々、何とお詫び申し上げればよいか……!」
老魔術師たちが慌てて床に平伏し、涙ながらに謝罪の言葉を口にする。しかし、アルヴィンは彼らに関心すら示さず、ただ腕の中のルチアだけを愛おしそうに見つめていた。
「マイルズ。ここの引き継ぎと、この老害どもの処分は任せる。私とルチアは、今すぐ部屋に戻らせてもらうよ」
「おう、任せとけ! 雑用と説教は俺の得意分野だからな! ルチアちゃん、本当にお疲れ様!」
マイルズが親指を立てて笑う。
アルヴィンはお姫様抱っこのまま、ルチアを砦に用意された一際豪華な賓客用の寝室へと連れて行った。
ドアを背中で閉め、厳重な防音と施錠の結界を張った瞬間、アルヴィンはルチアをふかふかのベッドへ優しく横たえ、自らも覆いかぶさるようにして彼女を抱きしめた。
「アルヴィン様……?」
「ルチア。君が他の男たちの前であんなに凛々しく、美しく指揮を執るものだから……私は気が気ではなかったよ。君のあの素晴らしい輝きは、本来、私の寝室のエアコンの前だけで見せてくれるものなのに」
不機嫌そうに、けれど狂おしいほどの独占欲を宿したアメジストの瞳が、至近距離でルチアを見つめる。
「ふふ、でも、世界を救わないと、あの涼しいお部屋にも帰れなくなっちゃいますから」
「そうだね。……だからこれは、世界を救った我が設計者への、私からの最大のご褒美と『お仕置き』だ」
冷気を含んだ指先が、ルチアの作業服の襟元をゆっくりと緩めていく。
国境の厳しい寒さなど遮断された静かな部屋で、二人の間には、王都のあの「最高機密の部屋」と同じ、どこまでも甘く、熱い夜が始まろうとしていた。




