偏屈な老魔術師達
魔導馬車は夜を徹して走り続け、夜明け前、ついに冷たい霧が立ち込める北方国境の砦へと到着した。
馬車から一歩外へ踏み出すと、息が白くなるほどの冷気が肌を刺す。しかし、それは澄んだ大自然の寒さではない。砦の奥にそびえ立つ巨大な『結界炉』が、過負荷による熱暴走で狂った魔力を周囲に撒き散らし、大気そのものを歪ませている不気味な冷気だった。
「何だと!? 王都からよこした増援が、あんな若い娘だと!?」
砦の最深部、赤々と不気味な熱光を放つ結界炉の前に、国境を守る老魔術師たちの怒号が響き渡っていた。彼らは皆、何十年も結界の維持に身を捧げてきたプライドの高い専門家たちだ。
「これほどの熱暴走、もはや我ら宮廷魔導師が総出で魔力を注ぎ、抑え込むしか道はない! どこの馬の骨とも知れん小娘に、神聖なる結界炉を弄らせるわけにいかん!」
「――その口、二度と開けないようにしてあげようか」
背後から響いた、凍てつくような低い声。
部屋の温度が一瞬で氷点下まで下がったかのような凄まじい威圧感とともに、アルヴィンがゆっくりと歩み出た。そのアメジストの瞳は、老魔術師たちを「塵あくた」か何かのように冷たく見下ろしている。
「あ、アルヴィン公爵閣下……!」
「私の婚約者であり、この危機を救う唯一の『国家賢者』に対し、ずいぶんと無礼な物言いだ。彼女が異世界から持ち込んだ知識がなければ、お前たちのその頑固な頭もろとも、この砦は数時間後に消し炭になっているというのに」
「くっ……! しかし閣下、結界炉の魔力パスは複雑怪奇! 素人が手を出せば――」
「素人はお前たちだ」
ルチアが、一歩前に出た。
その鼻先には、馬車の中で最終調整を終えた魔導解析眼鏡がきらりと光っている。手には、いつもの愛用の工具箱。
「排気効率が低下して熱が籠もっているのは、第3魔力バイパスの結晶が熱膨張して、魔力回路を物理的に圧迫しているからです。だから、魔力を注げば注ぐほど摩擦熱が上がって逆流する。……おじいさまたち、そんな基本的な『排熱計算』もせずに、力任せに魔力を注ぎ込もうとしていたんですか?」
「な……熱膨張!? 排熱計算だと!?」
ルチアは老魔術師たちの狼狽を無視し、結界炉の巨大な制御盤の前に立った。
前世のプラント設計の知識と、この世界の魔術構築が、彼女の頭の中で完全にシンクロする。
「アルヴィン様、システムに介入します! 制御盤のカバーを開けるので、第一関節に『絶対零度』の局所冷却をお願いします。バイパスを開く間の3分間、回路を冷やし続けてください!」
「了解した。私の愛しき設計者」
アルヴィンがルチアの背後にピタリと寄り添い、その美しい指先を結界炉の基部へと触れさせる。完璧な魔力コントロール。エアコンの修理で鍛え上げられた(?)二人のコンビネーションは、もはや神業の域に達していた。
「マイルズ様! 工具箱の、青い柄の超微細魔導ドライバーを!」
「おうよ! ほらっ!」
ルチアは受け取ったドライバーを手に、狂ったように熱風を吹き出す結界炉の隙間へと、迷いなくその細い腕を差し入れた。
「ルチア、無理はしないで。熱いと思ったらすぐに引くんだよ」
「平気です! アルヴィン様が冷やしてくれているこの隙間だけは、世界で一番安全ですから!」
信頼しきった瞳を交わし合い、ルチアは結晶回路の「核心部」へと指先を伸ばす。
数万人の命を左右する大結界の修復。冷たい汗がルチアの額を伝う。その指先が、熱暴走を起こしている主結晶の『自動負荷分散ルーン』へとカチリ、と噛み合った。
「――バイパス、接続! システム再起動!!」




