一対のアーティファクト
緊迫した空気が漂う中、王都から北方国境へと向かう最高速度の大型魔導馬車が、夜の帳を切り裂くように疾走していた。
高速走行による振動を殺すため、ルチアが過去に設計したサスペンション(衝撃吸収装置)の魔導具が車底部で淡く発光しているが、それでも時折、車体は大きく揺れる。
「――おっと」
突如として馬車が大きく傾いた瞬間、ルチアの身体は宙に浮く前に、隣に座っていたアルヴィンの強靭な腕によってガシリと抱きとめられた。そのまま流れるような動作で、アルヴィンはルチアを自分の膝の上へと引き上げる。
「アルヴィン様……っ、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから下ろしていただいても……」
「だめだ。この速度の馬車だ、君のような細い身体では、いつ天井に頭をぶつけるか分かったものじゃない。大人しくここで、私のシートベルト・・・・に縛られていなさい」
アルヴィンはルチアの腰に腕を回し、隙間なくその背中を自分の胸元へと密着させた。
いつもなら、この贅沢な特等席にルチアも顔を赤らめて抗議するところだったが、今日ばかりは膝の上に広げた大きな羊皮紙――国境結界炉の古い設計図――から目を離すことができない。
「……やっぱり、この魔力パスの合流点、排熱の設計が甘すぎます。これじゃあ、魔力の出力を上げた時に、結晶自体が自分の熱で焼き切れてしまうわ。エアコンのコンプレッサー(圧縮機)の熱対策と同じ原理なのに……」
ルチアは鼻先に掛けた眼鏡を指で押し上げながら、羽ペンで図面に次々と修正の数式を書き込んでいく。その横顔は、完全に恋する乙女のものではなく、国家の命運を背負う『天才エンジニア』のそれだった。
アルヴィンは、一心不乱に異世界の科学知識を術式へと翻訳していくルチアの横顔を、どこか眩しそうに見つめていた。
彼女の手が、かすかに緊張で震えていることに気づき、アルヴィンはその小さな手の上に、自分のひんやりとした大きな手をそっと重ねる。
「……ルチア。怖いかい?」
その問いに、ルチアはペンを止め、少しだけ視線を落とした。
「……少しだけ、不安です。私の前世の知識が、この世界の本当の危機に、どこまで通用するのか。もし、私が失敗したら、たくさんの人が……」
そこまで言いかけたルチアの唇を、アルヴィンは長い指先で優しく塞いだ。
「君が一人で背負う必要はないさ。君が設計図を描き、私という最高の魔力源がそれを実行する。王城のエアコンを直した時のことを忘れたのかい? 私たちは、二人で一対のアーティファクトだ」
アルヴィンはルチアの手を包み込み、自分の魔力を優しく、心地よい波動に変えてルチアの身体へと流し込んでいく。
その魔力は、冷たいのにどこか温かく、ルチアの心の不安を綺麗に溶かしていった。
「君のその天才的な頭脳は、私が全力で守る。国境の頭の固い老人どもが何を言おうと、他国の刺客が狙おうと、私の結界が君に指一本触れさせない。だからルチア……君はただ、君の信じる技術を、私に指示すればいい」
「アルヴィン様……」
アメジストの瞳に宿る、絶対的な信頼と、狂おしいほどの愛。
ルチアは深く息を吐き出すと、力強く頷いた。
「はい! よろしくお願いします、私の最高のパートナー」
「ああ、任せておくれ。……さて、少し心が落ち着いたところで。国境に着いたら、君は作業にかかりきりになってしまうのだろう?」
「え? ええ、おそらく寝る間もないかと……」
アルヴィンの目が、ふっといつもの「黒ハラ」な光を帯びて細められる。腰を抱く腕の力が、じわりと強くなった。
「ならば、今のうちにルチア成分を限界まで補給しておかなくてはね。国境までの残りの数時間、この密室の馬車の中で、しっかりと私に愛される覚悟をしておいておくれ」
「ひゃっ……!? アルヴィン様、今から作業の最終シミュレーションを――んむぅっ!?」
ルチアの悲鳴は、アルヴィンの深く、底のない口づけによって一瞬で塞がれた。
時速数十キロで北へと爆走する魔導馬車という完全な密室の中で、国の命運を握る二人は、国境の緊迫感をひととき忘れ、激しくも甘い熱に身を焦がすのだった。




