牙を剥く異変
公爵領の避暑地から王都の公爵邸へと戻った数日後。
エアコンの効いた快適な執務室の空気は、一通の「緊急伝令」によって一瞬で凍りついた。
「アルヴィン様! 北方の国境結界に異常発生です! 魔力の供給効率が急激に低下し、このままでは数日中に、隣国の魔獣を堰き止めている大結界が崩壊します!」
息を切らせて飛び込んできたのは、いつもの軽い調子を完全に消したマイルズだった。
この世界は、強力な古代魔石を用いた「大結界」によって他国や魔獣の侵略を防いでいる。それが崩壊するというのは、国家の存亡に関わる大危機を意味していた。
「結界の魔力低下だと……? 定期メンテナンスは先月終えたばかりのはずだ。原因は?」
アルヴィンがアメジストの瞳を険しく光らせ、冷徹な総帥の顔に戻る。
「それが……結界を維持する魔石そのものが『熱暴走』を起こしているらしく、迂闊に魔力を注げば、それこそ王城の謁見の間でアルヴィン様が仰ったハッタリのように、結界炉そのものが大爆発を起こす危険があるそうです! 魔導師たちも手を付けられず……!」
「熱暴走……」
その言葉に、アルヴィンの傍らで控えていたルチアがハッと息を呑んだ。
つい先日、自分の部屋のエアコンで起きた現象。そして、前世の科学知識を持つルチアだからこそ、その「本質」が理解できる現象だった。
「アルヴィン様、それはただの魔力不足じゃありません。魔石の内部回路が、過剰な負荷によって熱を持ち、魔力の循環を阻害しているんです。無理に魔力を込めれば、本当に大爆発します!」
「ルチア、原因が分かるのかい?」
「はい。……そして、その対策も。私がエアコンに施した『自動負荷分散ブレーキ』と『魔力循環バイパス』の技術を応用すれば、国家の大結界炉を冷却し、暴走を止められるはずです!」
ルチアの瞳に、守られるだけではない「技師」としての強い光が宿る。
アルヴィンは一瞬、ルチアをそんな危険な国境地帯へ連れて行くことに強い躊躇いを見せた。独占欲と過保護な本能が、彼女をこの安全な部屋に閉じ込めろと叫んでいる。
しかし、ルチアのまっすぐな視線を受け止めると、アルヴィンは静かに、けれど深く微笑んだ。
「分かった。我が愛しき設計者。……マイルズ、国境へ向かう最高速度の魔導馬車を手配しろ。ルチアの身の安全は、この私が我が命に代えても守り抜く」
「はっ! 直ちに!」
ついに、ルチアの異世界の知識が、国の運命を揺るがす大結界の修復へと投入される。
二人のイチャイチャな日常から一転、国家の危機に立ち向かう国境結界修復・エンジニアの逆襲が幕を開けるのだった。




