秘密の避暑地
「わぁ……っ! すごい、本当に涼しいです……!」
公爵邸の馬車から降り立ったルチアは、思わず歓声を上げた。
そこは、公爵領の最奥に位置する密林を抜けた先にある、限られた貴族しか立ち入ることのできない特別な避暑地だった。
周囲を切り立った岩壁と瑞々しい緑に囲まれたその場所には、霊峰の雪解け水が流れ込む、水晶のように澄んだ美しい泉が広がっている。
風が吹くたびに、泉の水面からひんやりとした天然の冷気が運ばれ、初夏の強い日差しを忘れさせてくれるほどに涼しい。
「きゅ~うっ!」
馬車から飛び出したシロちゃんも、すっかり元の毛並みに戻り、大はしゃぎで冷たい草の上をぽてぽてと駆け回っている。
「気に入ってもらえたようで良かったよ。マイルズの分際で、たまには役に立つ情報を残していくものだね」
ルチアの隣に立つアルヴィンは、仕立ての良い薄手のシャツを纏い、大きな日傘をルチアの頭上に差し掛けていた。
普段の執務室で見せる冷徹な姿とは違い、少しリラックスした表情のアルヴィン様は、息を呑むほどに絵になっている。
「アルヴィン様、見てください! お魚が透き通って見えますよ!」
ルチアが嬉しそうに泉のほとりにしゃがみ込み、そっと水面に指先を浸した。
「ひゃっ、冷たい……!」
「おっと、危ないよルチア。足を滑らせたら大変だ」
アルヴィンはすかさずルチアの腰を後ろから抱きすくめ、自分の胸元へと引き寄せた。
そのままルチアの肩に顎を乗せ、水面に映る二人の姿を満足そうに見つめる。
「ふふ、アルヴィン様、過保護すぎます。ここは浅瀬ですし、大丈夫ですよ?」
「だめだ。こんな美しい場所に、無防備な君を一人で立たせておけるわけがないだろう。水の精霊でさえ、君を奪おうと狙っているかもしれない」
「もう、精霊相手にまで嫉妬しないでくださいっ」
ルチアが赤くなって笑うと、アルヴィンは愛おしそうにルチアの耳たぶにそっと唇を寄せた。
「……冗談ではないさ。外の空気は、君の可愛らしさを他の誰かに見せてしまうから嫌なのだ。……ああ、早く用事を済ませて、あの『抱擁モード』の寝室に戻りたくなってしまった」
「せっかくお出かけしたんですから、もう少し満喫しましょう? ほら、マイルズ様が採ってきてくれたアイス・ベルの残りで、冷たいジュースを作ってきたんです!」
ルチアは持ってきていた魔導保冷ボトルから、きらきらと輝く淡いブルーの果汁を、クリスタルのグラスへと注いだ。
天然の涼しい風に吹かれながら、二人で並んで座り、ひんやりとした特製ジュースを口にする。
「……ん、美味しい……! 氷の魔力を含んだ果汁が、この涼しい風と合わさって、身体の中からスーッと涼しくなります」
「そうだね。けれど私にとっては、君とこうして肌を触れ合わせている時間こそが、何よりの清涼剤(癒やし)だよ」
アルヴィンはグラスを置くと、日傘の影でルチアの顎をそっと指先で持ち上げ、水面のせせらぎに紛れるようにして、深く、優しい口づけを交わした。
天然の涼風が優しく吹き抜ける中、二人の間だけは、どこまでも熱く甘い空気が流れ続けるのだった。




