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天才魔法具師は、スパダリに保護される  作者: 輝久実


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暴走の魔法ペン

「ふふ、ふふふふ……! できた、ついにできたわ……!!」


アルヴィンに専用の工房を与えられてから、丸二日。

ルチアは完全に『限界オタク』ならぬ『限界職人モード』に突入していた。


前髪をクリップで乱雑に留め、頰にはうっすらと魔石の粉がつき、目はらんらんと輝いている。寝ずに作業台に向かい続けた結果、ルチアの手の中には、一本の美しい漆黒の万年筆が握られていた。


ルチアが前世の知識――『AI(人工知能)』や『スペルチェッカー(校正機能)』の概念を、この世界の高密度な魔力回路で再現した、前代未聞の魔法具だ。


「アルヴィン様、毎日たくさんの書類仕事で大変って言ってたもんね……! これで少しでも楽になってもらわなきゃ!」


ルチアは満足感に浸り、ふぅと大きなため息をついた。その瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、急激な睡魔と疲労が押し寄せてくる。


「あ、あれ……? ちょっと、視界がぐるぐる……」


二日間の徹夜が祟り、ルチアの身体が文字通り糸の切れた人形のように、床へ向かって傾いていく。


倒れる、と思った瞬間。


「――おっと。危ないね、ルチア」


バタン、と床にぶつかる衝撃は来なかった。


代わりにルチアを包み込んだのは、上質な白檀の香りと、驚くほど広くて温かい胸板。いつの間にか工房に入ってきていたアルヴィンが、完璧なタイミングで彼女の身体をその腕の中に受け止めていたのだ。


「あ、あるゔぃん、さま……?」


「まったく、君という子は……。三食の差し入れは完食していたようだが、一歩もこの部屋から出ずに徹夜を続けるなんて。私の可愛い魔法具師は、ずいぶんと聞き分けの悪い悪い子だ」


アルヴィンの声は低く、そしてひどく甘く揺れていた。


見上げる彼のアメジストの瞳には、深い愛おしさと、それと同じくらい濃厚な「怒り(お仕置きの気配)」が宿っている。


「ごめんなさ……でも、ペンが、できたんです……!」


ルチアは怒られる恐怖よりも先に、誇らしげに万年筆を掲げた。


アルヴィンは溜息をつきながらそれを片手で受け取り、魔力を少しだけ通す。その瞬間、彼の端正な顔が、かつてないほど引きつった。


(……なんだ、この禍々しいまでの神聖な魔力は? ペン自体が意思を持ち、周囲の魔力を自律演算している? 試しに頭の中で嘘の書類を思い浮かべたら、ペンが自ら動いて不備を赤字で修正したぞ。それどころか、私が昔受けた他国からの『精神汚染の呪い』の残滓まで、持った瞬間に全自動で浄化してみせた……)


アルヴィンは、手の中の「万年筆の形をした神話級遺物アーティファクト」を見つめ、静かに戦慄した。


彼が求めたのは「ちょっと手が疲れないペン」である。それがどうして、国家の頭脳を完全自動化し、あらゆる呪詛を無力化する神の道具になってしまうのか。


「……ルチア」


「は、はい……(やっぱり駄作でしたか……?)」


不安げに揺れるルチアの瞳を見つめ、アルヴィンは底なしの包容力を湛えた極上の笑みを浮かべた。


「素晴らしいよ。期待を遥かに超える、最高の贈り物だ。……だがね、これを作った代償として、君の身体は限界だ。頰には汚れがついているし、髪もパサパサ、それに何より――私の命令を無視して無理をした」


アルヴィンは流れるような動作でルチアを横抱きにすると、そのまま工房の外へと歩き出した。


「ひゃっ!? あの、歩けます! あと、お風呂とか……!」


「お風呂なら、すでに私の寝室の浴室に最高温度で沸かせてあるよ。湯沸かし器は君の試作品(※国家結界級)を使わせてもらった。君は今から私に文字通り指一本動かせないほど全身を綺麗に洗われ、その後、私のベッドで私が満足するまで眠ってもらう」


「えええええっ!? 一緒に!? 自分で洗えますっ、ベッドも自分のお部屋ので!」


ルチアが真っ赤になって暴れるが、アルヴィンの鉄壁の腕は微動だにしない。


「拒否権はないよ、ルチア。これは過保護な私の言いつけを破った、悪い子へのお仕置きだからね。……それとも、もっと『別の甘いお仕置き』が望みかな?」


至近距離で、アルヴィンがふっと目を細めてルチアの耳たぶを優しく食む。


「ひゃんっ!?」


と可愛い悲鳴を上げたルチアは、その刺激とあまりの恥ずかしさ、そして蓄積した疲労が限界を迎え、アルヴィンの胸の中で完全に意識を失って(気絶して)しまった。


――数時間後。


ふかふかの、信じられないほど大きなベッドの中でルチアは目を覚ました。


身体はすっきりと清潔で、心地よい香りのパジャマに着替えさせられている。


(う、嘘……本当にアルヴィン様に洗われたんじゃ……!?)


パニックになりかけるルチアだったが、腰のあたりに強い圧迫感を覚えて視線を落とした。


そこには、ルチアの腰をがっちりと抱きすくめ、彼女の首筋に顔を埋めてすやすやと眠るアルヴィンの姿があった。プラチナブロンドの髪が、ルチアの肌に触れてチクチクと痒い。


「ん……起きたのかい、ルチア」


アルヴィンが長い睫毛を持ち上げ、寝起きの色気たっぷりの瞳でルチアを見つめる。


「あ、あの……アルヴィン様、近いです……!」


「離さないよ。君がまた勝手に工房に引きこもらないよう、こうして私が一日中監視していなければ。……ふふ、温かくて、とても落ち着く」


アルヴィンはさらに腕の力を強め、ルチアを自分の身体にぴったりと密着させた。


包容力バツグンのスパダリの腕の中は、あまりにも心地よくて、甘くて、抗えない。


「……お腹が空いたね。起きたら、君が言っていた『オムライス』という料理を、シェフと一緒に作ろう。もちろん、私が君の口まで運んであげるから、君はただ私の腕の中で甘やかされていればいいんだよ」


「うう……甘やかされすぎて、本当にダメ人間になっちゃいます……」


「いいんだよ。私だけの可愛いルチア。君をダメにするのは、私の特権だからね」


極上のスパダリによる底なしの餌付けと抱擁に、ルチアの職人魂も、乙女心も、完全に溶かされていくのだった。

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