おねだり撃退作戦
「ルチア様……! お願いです、あの『部屋を常春の楽園(※本当は涼しい部屋)にする魔法の箱』を、私どもの執務室にも作っていただけないでしょうか……!」
ある日の午後、ルチアは公爵邸の廊下で、涙目のマイルズをはじめとする近衛騎士やメイド長たちに囲まれていた。
寝室の前を通るたびに漏れ出してくる、あの極上の「ひんやりとした冷気」。
初夏の蒸し暑さに全精力を奪われかけている使用人たちにとって、ルチアのエアコンはまさに伝説の聖遺物のように見えていたのだ。
「ええっ!? あ、あの、あれは私が勝手に作ったもので……」
ルチアが困惑して工具箱を抱え直した、その時。
「――そこまでにしてもらおうか」
廊下の向こうから、冷徹なまでの威圧感を纏ったアルヴィンが歩いてきた。
そのアメジストの瞳は、普段のルチアに向ける甘い光など微塵もなく、氷の公爵そのものの冷たさだ。
「ひぃっ、アルヴィン様!」
マイルズたちが一斉に直立不動になる。アルヴィンはルチアの肩を抱き寄せ、自分の背後に隠すようにして一同を見下ろした。
「前に一度言ったはずだ。ルチアの作ったあの空調システムは、前世の異世界の術式を応用した『国家機密級の魔導兵器』に匹敵するものだと。もし構造が他国に漏れれば、魔力の備蓄効率や結界技術の応用によって、大陸の軍事バランスがひっくり返る」
「ぐっ……そ、それは重々承知しておりますが、せめて騎士団の仮眠室だけでも……」
「却下だ」
アルヴィンはぴしゃりと言い放った。
「あれの起動とメンテナンスには、私の特異な魔力パスと、設計者であるルチアの精密な調整が不可欠だ。横流しなど言語道断。これ以上ルチアに無理な発注をして困らせる者がいれば、国家反逆罪に準ずる処分を下す。――分かったか?」
「は、はいっ! 失礼いたしました!」
公爵様の圧倒的な正論(と凄まじい覇気)に、マイルズたちは蜘蛛の子を散らすように退散していった。
「……ふぅ。ありがとうございます、アルヴィン様。国家機密なんて大げさな理由で庇ってくださって。本当に助かりました」
二人きりになった寝室で、ルチアはホッと胸をなでおろした。
だが、アルヴィンはエアコンのスイッチを『抱擁モード』へと切り替えると、ふっと妖艶な笑みを浮かべてルチアをベッドへと押し込めた。
「大げさ? いいや、本気だよ。私にとっては、君のその指先が生み出す技術も、君の可愛い素顔も、すべて他国……いや、この邸の人間一斉にすら触れさせたくない『最高機密』だからね」
「アルヴィン様……それ、国家機密じゃなくて、ただの独占欲ですよね!?」
「同じことさ。さあ、ルチア。せっかく誰も入ってこられない『機密の部屋』なのだから、今日も二人で、この涼しい檻の性能をじっくりと検証しようか」
冷気の中で、アルヴィンの熱い指先がルチアの髪をすくい上げる。
ルチアの天才的なエンジニアとしての才能は、こうしてアルヴィン様の「国家機密」という名の鉄壁の防衛(独占欲)によって、優雅に守られ続けるのだった。




