沈黙のエアコン
「……あれ? なんだか、急に部屋が蒸し暑くなってきたような……」
ベッドの上でシーツにくるまっていたルチアは、じわりと肌を撫でる不穏な熱気に気づいて目を覚ました。
見上げると、壁に設置された魔導エアコンの魔石から、いつも放たれていた涼しげな青い光が完全に消え去っている。
プシュー……と力ない音を立てて、機械は完全に沈黙していた。
「きゅ、きゅ~う……」
ソファの上で大福のように丸くなっていたシロちゃんも、暑さに耐えかねたように目を覚まし、だらりと液体のように伸びてぐったりしている。
「大変、魔導エアコンが止まっちゃったんだわ! 連日フル稼働させすぎちゃったのかしら……」
ルチアが慌ててベッドから下りようとした、その瞬間。
後ろから伸びてきた力強い腕に、カゴに閉じ込められるようにして、再びベッドへと引き戻された。
「アルヴィン様!? エアコンが壊れちゃいました、早く修理を――」
「動かないでおくれ、ルチア。せっかくの心地よい時間が台無しだ」
アルヴィンはルチアを背後から完全に抱きすくめ、その首筋に顔を埋めた。
驚いたことに、アルヴィンの肌は、まるでひんやりとした上質な絹のように冷たく、熱を持ち始めた部屋の中でそこだけがオアシスのようだった。
「ひゃっ……! アルヴィン様、冷たくて気持ちいい……。じゃなくて! 部屋がどんどん暑くなりますよ!?」
「問題ないさ。あんな魔導具に頼らなくとも、この程度の熱気、私の魔術でどうにでもなる」
アルヴィンがアメジストの瞳を微かに光らせると、ベッドの四隅から、ひんやりとした半透明の美しい氷の結晶が、音を立ててニョキニョキと生えてきた。
「わぁ……! すごい、一気に部屋が涼しく……いえ、むしろちょっと寒いくらいに……!」
部屋の温度は一瞬で秋の終わりのような快適さに戻り、ぐったりしていたシロちゃんも「きゅふぅ!」と歓喜の声を上げて、再びもこもこ靴下に潜り込んだ。
「ふふ、これで解決だろう? さあ、お昼寝の続きをしよう」
アルヴィンは満足そうにルチアをさらに強く抱きしめるが、ルチアはある重大なことに気づいてしまった。
「あの、アルヴィン様……。この氷、アルヴィン様が魔力を流し続けないと溶けちゃいますよね?」
「そうだね」
「ということは、私がベッドから出ようとしたら……」
「当然、魔術を止めるよ。一歩でもこのベッドから離れたら、部屋は一瞬で元の蒸し暑い地獄に戻る。……つまり君は、私の腕の中から一歩も出られないということだ」
アルヴィンはルチアの耳元で、フッと悪戯っぽく、けれど完全に逃がす気のない低い声で囁いた。
その美しい顔には、エアコンの故障を心から喜んでいるような「黒ハラ」な笑みが浮かんでいる。
「確信犯ですか、アルヴィン様……っ!」
「人聞きが悪いな。私はただ、暑がりの愛しい婚約者のために、全力を尽くして涼しい環境を提供しているだけだよ? ほら、背中がまだ少し熱い。もっと密着して冷やしてあげよう」
アルヴィンは長い脚をルチアの足に絡め、隙間を一切なくすようにしてルチアを己の体温(冷気)で包み込んだ。
ひんやりとしていて最高に心地いいのに、抱きしめられる心の奥は熱くて破裂しそうになる。
「うぅ……冷たくて気持ちいいのに、全然ドキドキが収まりません……」
「それは困ったね。じゃあ、もっと体温が上がるようなことをして、この氷のありがたみを骨の髄まで分からせようか?」
「ひゃんっ!?」
アルヴィンの冷たい指先がルチアの脇腹を優しく撫で上げ、そのまま熱い唇がルチアのうなじへと押し当てられる。
部屋を冷やすはずの氷の結晶が、皮肉にも二人だけの世界を閉じ込める『甘い檻』となり、ルチアは公爵様の腕の中でたっぷりとお仕置き(ご褒美)をされ続けるのだった。




