もふもふを狙う赤髪の狼
「きゅふぅ~ん……」
公爵邸の寝室のソファでは、聖獣のシロちゃんがルチアの冬用もこもこ靴下に包まれ、エアコンの冷気を浴びながら、信じられないほど丸くなって熟睡していた。その姿は、まるで高級な白い大福もちのようである。
ベッドの上で、アルヴィンにこれでもかと甘やかされた(絞り取られた)ルチアは、少し赤くなった顔を冷ましながら、シロちゃんを優しく撫でていた。
「うふふ、シロちゃん本当に可愛い……。あ、アルヴィン様、見てください、すっかりリラックスして――」
バァン!!!
「よぉルチアちゃん! 悪いな、昨日ここに大剣の鞘を忘れてっちまってさ――って、おおっ!?」
お馴染みの爆音とともに扉が開いた。そこに立っていたのは、やっぱりいつものごとくノックを忘れたマイルズだ。
「マ、マイルズ様!? またノックもなしに……!」
ルチアが跳び起きた瞬間、マイルズの鋭い視線がソファの上の「白い塊」にロックオンされた。
「おいおいおい、なんだあの美味そうなウサギ(・・)は!? ぷっくり太ってて、肉がめちゃくちゃ詰まってそうじゃねえか! ルチアちゃん、今日の昼飯はそいつのブイヨン煮込みか!?」
マイルズはごくりと喉を鳴らし、獲物を見つけた猟犬のような目でシロちゃんに一歩近づいた。
「きゅっ、きゅぃぃぃーっ!?」
生存本能が最大の危険を察知したのか、シロちゃんは飛び起きて毛を限界まで逆立て、短い手足をバタバタさせながらルチアの後ろに隠れた。
「違います! ウサギじゃなくて聖獣のシロちゃんです! 食べ物じゃありませんっ!」
「あ? 聖獣? 骨が多そうだけど、じっくり煮込めば――」
「マイルズ」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
ベッドから音もなく降りてきたアルヴィンが、マイルズの背後に立っていた。その顔には、一切の光が宿っていない。アメジストの瞳は完全に暗黒に染まり、全身から立ち上る魔力が、部屋のエアコンの風をねじ曲げるほどに狂い咲いている。
「私の聖域に三度も土足で踏み込んだだけでなく、ルチアが大切にしているシロちゃんを『食材』呼ばわりするとはね……。君の脳みそは、もしかして筋肉の繊維だけで編まれているのかい?」
「ア、アルヴィン……! お前、いつの間に背後に……!」
マイルズの額から、滝のような冷や汗が流れる。昨日オムライスを食べていた時の比ではない、本気の「国家転覆レベル」の殺気だ。
「ルチア、耳を塞いでいておくれ。今からこの哀れな脳筋の記憶と存在を、この世界から完全に消去するからね」
アルヴィンが優雅に細い指先を掲げると、部屋の中に巨大な、見たこともない漆黒の魔法陣が展開された。
「待って待って待ってアルヴィン様!! 本当に死んじゃいますから! 魔法陣を閉じてくださいっ!」
ルチアが必死にアルヴィンの背中に抱きつき、その腰をぎゅっとホールドした。
「……ルチア? 君が私をそんなに強く抱きしめてくれるのは嬉しいけれど、この男を庇うのは感心しないな」
「庇ってません! ただ、公爵邸が消し飛ぶのを止めているだけです! ほら、マイルズ様も、シロちゃんに謝って、鞘を取ったらすぐ王宮に帰ってください!」
ルチアに怒鳴られ、さすがの近衛騎士マイルズも完全に恐縮し、床に両手をついてシロちゃんに頭を下げた。
「す、すまん……! 白い大福もち……じゃなくて、シロちゃん! 食おうとして悪かった! 俺が悪かったから、その主人の魔王を止めてくれ……!」
「きゅ~う!」
シロちゃんはルチアの足元からひょっこり顔を出すと、マイルズに向かって「ぷぃっ」と鼻を鳴らし、完全に勝利を確信したドヤ顔でアルヴィンの後ろへと移動した。
「……ふん。シロちゃんもこう言っていることだし、ルチアの顔に免じて、今回の不敬罪は『今日のマイルズの給与全額カット』で手を打ってあげるよ」
「おい!? 俺の今月の生活費が!!」
「文句があるなら、今すぐ氷漬けにして王宮の門に――」
「ありません!! 鞘を回収して今すぐ帰ります!!」
マイルズは部屋の隅に転がっていた大剣の鞘を電光石火の早さで拾い上げると、
「ルチアちゃん、またな!!(命がけ)」
と叫んで、今度こそ音速で逃げ去っていった。
バタン、とようやく静かに扉が閉まり、部屋に平和が戻る。
「はぁ……本当にマイルズ様は、嵐みたいな人ですね……」
ルチアが脱力してため息をつくと、アルヴィンがすかさず後ろからルチアを包み込み、その細い腰を自分のほうへと引き寄せた。
「全く、とんだ邪魔者だったね。……けれど、ルチア。さっき私を止めるために、後ろから自発的にぎゅっと抱きついてくれただろう?」
アルヴィンはルチアの首筋に柔らかく唇を寄せ、嬉しそうに目を細めた。
「あ、あれはアルヴィン様を止めるために必死だっただけで……っ」
「理由なんてどうでもいいさ。君から触れてくれた、という事実が重要なのだから。……さあ、マイルズのせいで消費した私の精神力を、もう一度ベッドでたっぷり回復させてもらおう。シロちゃんも、自分の特等席に戻りなさい」
「きゅ~う(了解、とばかりにソファへ跳んでいく)」
聖獣にすら空気を読ませる完璧な独占欲を発揮したアルヴィンは、ルチアを軽々とお姫様抱っこで抱え上げると、再びひんやりと涼しい極上のベッドへと連れ去るのだった。




