もふもふの侵略者
ルチアの特製オムライスでお腹を満たした二人は、公爵邸の寝室にある大きなベッドにいた。
窓の外は6月のじっとりとした初夏の陽気だが、部屋の中は『魔導エアコン』のおかげで、いつでもひんやりと心地よい秋の終わりのような涼しさに保たれている。
「……あぁ、涼しくて本当に気持ちいいです……」
薄手のシーツにくるまりながら、ルチアは極上の幸福感に浸っていた。
すると、隣からすっと伸びてきた長い腕が、ルチアの腰を抱き寄せて自分の胸元へと引き込む。
「お腹も満たされて、涼しくて、腕の中には世界で一番愛しい君がいる……。これ以上の幸せがこの世にあるのかい?」
アルヴィンがプラチナブロンドの髪をシーツに散らしながら、とろけるような甘い微笑みを浮かべた。アメジストの瞳が、至近距離でルチアをじっと見つめている。
「アルヴィン様、近いです……っ」
「いいじゃないか、誰も邪魔者はいないんだから。さあ、お昼寝をしよう。私が眠るまで、ずっとこうして抱きしめさせておくれ」
アルヴィンがルチアの額に優しくキスをし、そのまま心地よい静寂が部屋を包み込もうとした、その時。
カサリ、とバルコニーの外で小さな音がした。
「……ん?」
ルチアが視線を向けると、少しだけ換気のために開けていた窓の隙間から、白くて丸い「何か」がズササッと滑り込んできた。
「きゅ~う!」
「あ、あれっ!? シロちゃん!?」
それは、以前ルチアが公爵邸の庭で見つけて、おやつをあげて手懐けたもふもふの聖獣(※見た目は大きなフェレットと白狐を足して2で割ったような、極上の毛並みを持つ魔獣)だった。
シロちゃんは部屋に入った瞬間、エアコンの涼しい風を浴びて
「きゅふぅ~ん……!」
と、とろけるような鳴き声を上げた。そして、ベッドの上にいるルチアを見つけると、短い足を一生懸命に動かしてトトトッと駆け寄ってきた。
「きゅ~う!」
「わぁ、可愛い! シロちゃんも外が暑くて、涼みに来たの?」
ルチアがベッドの上で両手を広げると、シロちゃんは大ジャンプしてルチアの胸元へと飛び込んできた。そのままルチアの首筋に顔を埋め、もふもふの尻尾を振りながら、ゴロゴロと喉を鳴らして甘え始める。
「ふふ、あったかくて、もふもふで最高……」
ルチアがうっとりとシロちゃんを撫で回していると、すぐ隣から、物理的に部屋の温度をさらに5度くらい下げるほどの、凄まじい「冷気(殺気)」が漂ってきた。
「……ルチア。その、締まりのない顔をした白イタチは一体何だい?」
アルヴィンが、完全に目が据わった「黒ハラ」モードでベッドの上に上体を起こしていた。アメジストの瞳が、ルチアの胸元でふんぞり返っている聖獣を冷酷に射抜いている。
「あ、アルヴィン様、シロちゃんです! 庭に住み着いている聖獣の……」
「聖獣だろうが何だろうが関係ない。そこは私の場所だ。……おい、そこの獣。今すぐそこをどきなさい。さもなければ、今すぐ最高級の襟巻きに加工して王宮のバザーに出品するよ」
「きゅっ!?」
アルヴィンのガチすぎる脅しを察知したのか、シロちゃんは短い毛を逆立てて威嚇(?)した。しかし、エアコンの涼しいベッドの上から離れたくないシロちゃんは、ルチアの服の裾をぎゅっと前足で掴み、さらにルチアの胸にすっぽりと埋まって立て籠もりを決め込んだ。
「きゅ~う(渡さないぞ、と言いたげにルチアを見上げる)」
「おや、いい度胸だね。私のルチアにそんな風に抱きつくなんて、マイルズ以上の命知らずだ」
「アルヴィン様! 相手は動物ですから、本気で嫉妬しないでくださいっ!」
ルチアが慌てて宥めようとするが、アルヴィンの独占欲のスイッチは完全にオンになっていた。
アルヴィンは長い腕を伸ばすと、ルチアの胸元からシロちゃんを容赦なくひょいとつまみ上げた。
「きゅ、きゅ~う!?」
「ルチア、動物をベッドに上げるのは衛生上良くないからね。この子は私が『優しく』外へ逃がしてくるよ」
アルヴィンの笑顔が完全にホラーである。シロちゃんは空中でもがいている。
「待ってください! シロちゃん、エアコンの涼しさが気に入っちゃったみたいなんです。……あ、そうだ! じゃあ、これでどうですか?」
ルチアは、ベッドのすぐ横にあるソファを指差した。
「シロちゃん、あのソファの上ならエアコンの風が一番当たって涼しいよ! ほら、私の履いてない、もこもこの冬用靴下を置いてあげるから、そこでねんねして?」
ルチアがソファに「もふもふスポット」を作ってあげると、シロちゃんはアルヴィンの手から逃れるようにソファへ飛び移り、冷たい風が当たる特等席で、ルチアの靴下にくるまって丸くなった。
「きゅふぅ……」
と満足そうに目を閉じている。
「ふぅ……これで解決ですね、アルヴィン様」
ルチアがほっとしてベッドに寝転がると、すかさずアルヴィンが、シロちゃんがいた時以上の強烈な勢いでルチアに覆いかぶさってきた。
「……アルヴィン様!?」
「やっと邪魔者がいなくなった。……ルチア、他の男だけでなく、まさか動物にまで嫉妬させられるなんて思わなかったよ。私の心がどれだけ傷ついたか、分かっているかい?」
アルヴィンはルチアの両手首を優しくベッドに組み伏せ、悪戯っぽく、けれど深い独占欲を滲ませて微笑んだ。
「お、おねだり……ですか?」
「もちろん。たっぷりと、私だけで君の体温を上書きさせてもらうよ」
アルヴィンはルチアの唇を、今度は逃がさないように深く、熱く塞いだ。
ソファの上でもふもふの聖獣がスースーと寝息を立てる中、ベッドの上では、エアコンの冷気を一瞬で吹き飛ばすほどの、甘くて熱いスパダリ公爵様の「お仕置き(ご褒美)」タイムが、静かに、そして濃厚に始まるのだった。




