人間抱き枕
小鳥のさえずりが響く、湿度を感じる6月の朝。
……と言いたいところだが、ルチアたちの寝室は『魔導エアコン』によって、今日もカラッと涼しい極上のプライベート空間に保たれていた。
そんな快適なベッドの中で、ルチアは完全に身動きが取れなくなっていた。
「……あの、アルヴィン様。もう朝ですよ? 起きてください……っ」
「……嫌だ。まだ夜の続きだよ、ルチア……」
ルチアを正面からぎゅっと抱きしめ、背中とお尻に長い腕を回して完全に『人間抱き枕』にしているアルヴィンは、ルチアの首筋に顔を埋めたまま、低く掠れた声で呟いた。
プラチナブロンドの髪がシーツに散らばり、いつもは冷徹な美貌が、今はひどく無防備で、そして色っぽい。
「夜の続きじゃないです! ほら、マイルズ様があれだけ『王宮の仕事に来い』って怒りに来たじゃないですか! 今日は大事な御前会議がある日ですよね?」
ルチアがアルヴィンの胸をぐっと押し返そうとするが、鍛え上げられた胸板はびくともしない。それどころか、アルヴィンはさらに腕の力を強め、ルチアを自分の身体に密着させた。
「あんな脳筋の言うことなんて放っておけばいい。王太子が怯えているなら、そのまま一生部屋に引きこもっていればいいさ。……今の私には、国を動かすことよりも、君にチャージしてもらうことの方が何百倍も重要なんだ」
「ちゃ、チャージって何ですか……っ!?」
「ルチア成分だよ。君が足りなくて、指一本動かす気になれない。……ああ、ルチア、どうして君はこんなに柔らかくて、いい匂いがするんだろうね」
アルヴィンはルチアの首筋に何度も小さく唇を寄せ、吸い付くように愛撫する。シーツ越しに伝わる彼の体温が、エアコンの冷気で冷えたルチアの肌を容赦なく熱くしていく。
「ひゃっ、ん……! アルヴィン様、くすぐったいです……っ! ほら、早く起きないと、またマイルズ様が怒鳴り込んできますよ!?」
「……マイルズか。あいつ、本当に空気が読めないな。もし今日もこの部屋のドアを蹴り破ったら、今度こそ氷漬けにして王宮の庭に飾ってやる……」
アメジストの瞳を薄く開けたアルヴィンの顔が、一瞬だけガチの「黒ハラ」モードになって据わった目つきになった。マイルズの生存危機である。
「そんな物騒なこと言わないでください! わかりました、じゃあ、おねだりです。アルヴィン様がちゃんとお仕事に行ってくれたら、今日の夜は……その、アルヴィン様の好きな、前世のお料理を作って待ってますから!」
ルチアのその言葉に、アルヴィンの耳がピクリと跳ねた。
「……本当かい? 私の好きなものなら、なんでも作ってくれる?」
「はい! イモでもコーラでも、なんでも!」
「いいや、私が一番食べたいのは、君が初めて私に作ってくれた、あの……『おむらいす』という料理だ。卵を乗せる、君の愛情が一番詰まったあの料理を、また私のためだけに作ってほしい」
「オムライスですね! わかりました、最高に美味しいのを作っておきます! だから――」
「よし、交渉成立だ」
アルヴィンはルチアの言葉を遮るように、彼女の唇に、ちゅ、と深いキスを落とした。
そして、今までの気怠げな態度が嘘のように、ふわりと軽やかな動作でルチアを解放し、ベッドの上に上体を起こした。
「ルチア特製のオムライスのためなら、今日の退屈な会議も一瞬で終わらせてみせるよ。……ああ、でも、夜まで君に会えないと思うと、やっぱり今から胸が苦しいな。もう一枚、おねだりをしていいかい?」
アルヴィンはベッドから降りる間際、名残惜しそうにルチアの手を取り、その手の甲に、まるで忠誠を誓う騎士のように深く、熱い口づけを捧げた。
「行ってくるよ、私の可愛いルチア。浮気(マイルズに美味しいものを作るの)は禁止だからね?」
完璧なスパダリの微笑みを取り戻したアルヴィンは、仕立ての良い上着を羽織ると、颯爽と部屋を出て行った。
一人ベッドに取り残されたルチアは、赤くなった顔を枕に埋めながら、「……結局、アルヴィン様のペースに巻き込まれてるなぁ」と、嬉しくも気恥ずかしいため息をつくのだった。




