幼馴染との顛末
ゲルダの乗った高貴な造りの馬車を屋敷の中から見送ったローラは、腹ごなしも兼ねて庭へと出た。
(久しぶりにゲルダ様とお話出来たから、ついつい食べ過ぎてしまったわ)
時刻はそろそろ夕方に差し掛かろうとしていた。
一時の事を思えば日が長くなった。
そろそろ春の訪れも見えてくるはずだ。
「……おい、何してんだ」
聞き慣れた声にそっと振り返れば、くすんだ金の髪の青年が呆れた顔で立っていた。
「あら、ジョージ」
「あら、じゃねえよ。 外套も付けずに風邪引いたらどうすんだ」
先程まで騎士団に居たのであろう、ジョージは溜息を一つつくと、首に巻いていた青いマフラーを外し、ローラの首に巻き付けた。
「邸はすぐそこなんだから、大丈夫よ」
「バカ、お前が体調を崩したら、俺がメアリーに詰められるんだからな」
そう言いながら、手厳しいメイド長が居ないか軽く周りを見渡すジョージに、思わず声を上げて笑ってしまった。
「ふふふ、メアリーは心配性だものね」
「お前がガキの頃から心配ばかり掛けてるからだろ、いい加減楽させてやれよ」
「私もそう思うのだけれどね」
メアリーも相変わらず手際が良くフレキシブルだ。
父よりも祖父に年齢が近い彼女に、そろそろ暇を出すべきかと考えていたが、本人は腰が痛い以外はまだまだ現役だと自負している。
その心意気が、こそばゆくも嬉しくあった。
「この調子だと私がお嫁に行っても付いてくるわね」
「あー……まあ、いいけどな」
ジョージが、僅かに頬を赤らめながら頭をポリポリと掻く。
幼馴染の決まりが悪い時の癖に、ローラはくすりと微笑んだ。
「何を照れてるのよ、あれだけ盛大にプロポーズしておいて」
「う、うるさいな……」
国王からのジョージへの褒賞は、『正騎士』への叙任と、新たな子爵位の叙爵であった。
実際に名誉を賜るのは春からであるが、成人を待たずして正式な騎士の称号と爵位を持つ人間は少ないのだという。
「私も、あの時はさすがに驚いたわ」
国王から他に望むものを、と問われたジョージは真っ直ぐな瞳でローラとの婚姻を乞うた。
これにはローラも、そしてその背後に控えていた父も仰天した。
「こっちは春までは爵位なしの次男坊なんだし、王家の血の引く奴と婚姻を結び直されたら溜まったもんじゃねぇからな」
「お父様、寝耳に水って顔していたわよ」
この国の貴族の結婚には、国王の許可が要る。
ジョージのこの度の功績も吟味し、許可を出した国王の顔はほんの少しだけ微笑ましそうだったように思う。
「親父さんには悪いが、ローラとはもう想いが通じ合ってるからな」
「むう……」
「ハハッ、一方的じゃないだろ?」
面と言われれば何だか気恥ずかしい。
難しい顔で頬を赤らめるローラを、今度はジョージがからかった。
「お父様が認めてくれたから良かったけれど、認めてくれなかったらどうするつもりだったの」
「その時は……お前を連れて何処へでも行っても良かったよ」
王妃の薔薇の花園で誓った愛は、今もまだジョージの中に残っているようだ。
「もう……調子が良いんだから」
熱くなった頬にひんやりと冷たい手を添えながら、ローラもまた小さく笑んだ。
「そういや、さっきこの木を見てたよな。 何の木なんだ?」
「春咲花の木よ」
ジョージにつられるように、ローラも傍らの木へと視線を移す。
二メートルを超えた大きな木は、ローラが王太子妃候補に選ばれて王都に行くと決まった祝いに、祖父母が用意してくれたものだ。
六年前は小さな苗木だったが、数年でここまで大きくなってくれたのは、きっと生命力に満ち溢れているからだろう。
「花を付けるのに五年くらいかかると聞いたけれど、この子は三年くらいで春に花を付けてくれたわ」
「さすがローラが育てた木だな」
「私は世話をしただけよ」
この苗木は、ブロッサム領の一部にしか自生しておらず、王都ではローラの邸でしか見ることは出来ない。
「今年は、ジョージとお花見ができるわね」
「そうだな」
春咲花を見上げていたローラの鼻先に、ぽつんと冷たいものが触れる。
晴れた空に、ひらりひらりと花弁のように、白い雪が舞い降りる。
「……風花だな」
ぽつりと、ジョージの声が聞こえた。




