乙女の『夢』と、これから
「今日はお会いできて、本当に嬉しかったです」
空になったアフタヌーンティーの一式は手際よく下げられ、テーブルにはお代わりの紅茶のカップだけが残されている。
お茶会もそろそろ終わりの時間だ、ほんの少しだけ名残惜しさを感じながら、ローラはゲルダに時間を作ってくれた礼を告げる。
「ええ、暫く忙しくなりそうだから、貴女と会えて良かったわ」
セカンドフラッシュ王太子が成人を迎えるまで、あと五年掛かる。
それまでの間、ゲルダはスノードロップ公爵の手伝いや王太子妃として王家の仕事をこなすことになるのだ、これまで以上に忙しくなるだろう。
「それに、噂の『ネイリスト』の施術も受けられたから満足だわ」
「恐縮です」
事後の処理を終え、オータムナル王子が旅立った後、ローラとジョージは国王直々に呼び出され褒賞を賜った。
王都を揺るがした『眠り姫病事件』の解決した功労者なのだから、このまま放置する訳にもいかなかったのであろう。
褒賞金と、王太子からの婚約破棄と名誉毀損の慰謝料を貰ったローラは、その資金で夢を叶える準備を始めたのだ。
「褒賞金をご実家の改築資金に充てるなんて、貴女らしいわ」
「家族が増えましたので」
「ふふ、ご家族は元気にしてらっしゃるの?」
「はい……弟って良いですね」
「あらあら」
スプリンダ領にあるブロッサム邸では、義母のシトラが秋の深まる頃に元気な男の子を産んだ。
久方ぶりの赤子の誕生に異母姉であるローラはもちろん、父であるブロッサム伯爵も、祖父である前伯爵もメロメロになった。
「父は弟が成人するまでは当主として家を守ると豪語していますし、祖父も私の結婚式までは死ねないと笑っていました」
「まあ、結構ですこと」
ゲルダが扇子で口元を隠し、可笑しそうにクスクスと笑う。
それはローラをからかうようなものであるが、嘲笑などの類ではない、親しみを込めたものだ。
「『ブロッサム・ネイルサロン』の噂はずっと耳にしていたわ。一ヶ月先まで予約が埋まってるのですって?」
「はい……お陰様で、色んな方からご愛顧頂いています」
ローラは、領地には帰らなかった。
長年住み続けていた別邸に愛着もあったし、なにより『夢』を持つことを決めたのだ。
「ハンドマッサージから爪のケア、施術まで至れり尽くせりだものね」
「先生から色々教えていただいたので、それをアレンジしてるんです」
慰謝料の一部を使い、近隣の空いた土地を購入したローラは、別邸の一部を改築して、サンルームを使ってネイルサロンを始めた。
その際に庭を少し広くして、植えたかった冬の花を植えられたので大満足だ。
「スノーホリィ公爵令嬢も絶賛していたわ、指先が華やぐと気分も華やぐものね」
「満足いただいているみたいで良かったです」
ローラの作るマニキュアやネイルオイルは発色が良く、香りを付けたものはさりげなく一日香ってくれると評判だ。
加えてローラが独自にデザインしたものや、魔宝石の屑や小さすぎて売り物にならないパールなどを飾りに使うことで個性を出せることが人気に繋がったようだ。
『手袋を外した時に、さりげなく色や柄を見せ合う』事が、貴婦人達のお茶会や夜会などで流行っているらしく、ブロッサム別邸には予約の伝達魔法がひっきりなしに飛んできている。
「むふふ……お庭を褒めてくださったり、ゆっくり見てくださる方も多いんです」
「そっちの方が嬉しそうね」
「好きなものを褒められるとやっぱり、嬉しくなりますね」
ローラの性格上、多くの人間と話すのは苦手なため一日に施術をするのは三件、多くても四件ほどだ。
しかし、それがレアリティを高めているようで、今では有り難くも一ヶ月先まで予約が埋まっていた。
「ローラ、貴女よく笑うようになったわね」
「そうでしょうか?」
「ええ、良い顔をしているわ。 わたくしも、負けてられないわね」
「ゲルダ様」
「アイスクリーム……いえ、『シマェナガァ』のお店を、必ずや王都にオープンさせてみせるわ」
ローラも、そしてゲルダも抑圧されているだけの令嬢ではなくなったのだ。
「夢に向かって頑張りましょうね、ローラ」
「……はいっ、ゲルダ様」
暖かな室内に、淑女の軽やかな笑い声が響くのであった。




