王太子の顛末
「そうだわ、お伝えしたいことがありました」
大切な事を思い出したローラが、そっと佇まいを直す。
そうして、向かいに座るゲルダの緑の瞳を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「この度は王太子妃へのご冊立、おめでとうございます」
ティーカップを片手に、ゲルダが自信に満ちた顔で頷く。
「ふふ、当然のことよ。 ローラには悪いけれどね」
「いいえ、私ではお話になりませんでしたもの」
友への気遣いの言葉を添えつつも、彼女の瞳に宿る意志の強さは変わることはない。
そんな友が、ローラには誇らしく思える。
「王太子殿下とは、お顔は合わせられたのですか」
「ええ、元々お話する機会もあったのだけれど、お若いながらも聡明な方だわ」
今、シーズニア王国の王太子は第二王子であるセカンドフラッシュ殿下に変わった。
ローラも何度か話をしたことがあったが、兄とは正反対ののんびりとした温厚な少年だ。
ゲルダとは五つ、歳が離れているが仲睦まじく過ごしているようだ。
「そうそう、聞いて下さる? 王太子殿下が『シマェナガァ』に興味を持って下さったのよ」
「……まあ!」
それは、今日一番の朗報であった。
目を覚ました後のゲルダは、己の仕事や社交の合間にアイスクリーム作りを進めていたのである。
モモの『おもてなし』によりアイスクリームの味を忘れられなくなり、試行錯誤をだいぶ重ねたとローラも手紙で聞いている。
「王太子殿下に食していただいたの?」
「ええ、わたくし渾身の出来をお見舞いいたしましたわ」
「渾身の出来……」
完璧主義のゲルダの『渾身の出来』だ、絶対に美味しい。
可憐な綿雪の妖精のような、冷たく儚く甘やかな氷菓の味を思い出せば、ほうとため息が出てしまった。
「私も食べてみたいです……」
「殿下からもお墨付きをいただきましたし、ローラにも今度送りましょう。 最近は保冷作用のあるバッグも開発しておりますのよ」
「それも、お店で使う予定なのですか?」
「ええ、これなら持ち帰りもできるでしょう?
ああ、わたくしの『シマェナガァ』を早く皆にお披露目したいわ!」
そう語るゲルダの顔は楽しそうで、かつて『氷雪の薔薇』と呼ばれていたのが嘘のようだ。
きっと彼女なら、王妃になっても自分の夢を諦めることはないだろう。
興奮を冷ますように紅茶を一口飲んだゲルダが、静かに口を開く。
「セカンドフラッシュ殿下とも上手くいっているし、こればかりはあの方に感謝しなくてはいけないわね」
ローラもまた、この場に……いや、シーズニア王国には居ないオータムナル『元』王太子の事が頭をよぎった。
◆◆◆
リコの断罪が決まった後、王家から直々に呼び出されたローラとゲルダはそこでオータムナル王太子から謝罪を受けた。
「謝罪というより、言い訳でしたけれどね」
ティーカップを片手に、ゲルダが軽く眉をひそめる。
確かに思い返しても、オータムナルの口から出たのはリコを悪しく罵る言葉ばかりで、謝罪は形ばかりであった。
『卑しい平民女に騙された』
『あんな悪しき感情を持つ娘だと思わなかった』
『お前達にも迷惑を掛けさせた』
そして、見せ掛けだけの謝罪を見届けた国王から持ち掛けられたのは、王太子妃候補の継続の打診であった。
「……まあ、当然でしょうね」
「王太子妃教育を終えた高位の令嬢なんて、わたくし達しか居ないでしょう」
覚えるだけでも数年を要する膨大な量の教育内容なのだ、今から詰め込もうとするには相当の覚悟が必要だ。
加えて、王妃にはスノードロップ公爵家のような高貴な血統やローラのように希少な魔法が扱える事が求められる。
この条件を満たす令嬢は、このシーズニア王国には殆どいない。
ならば、既に教育を終えたローラかゲルダを再び王太子妃候補に据える方が王家としても都合が良いのだろう。
「ブロッサム卿、なかなかの美形なのに悪鬼のような顔をされていて面白かったわ」
「父がすみません……」
あまりにも娘を軽く見た扱いに、勿論ローラの父は静かな怒りを見せていた。
娘への愛が深いのはありがたいが、あの場では少し控えてほしかったのもまた事実だ。
それでも彼は事前に聞いたローラの意向を汲み取り、『一度は破棄されたのだから』と、王太子妃候補に戻る事を辞退してくれたのだ。
対してスノードロップ公爵は、国王に対して静かにこれまでのオータムナル王太子の素行や、王太子妃候補二人の扱いについてを客観的に詰めてきた。
それは、筆頭貴族であり王家の血を汲むスノードロップ家でないと出来なかったであろう。
当然、オータムナルは青筋を立てて噛み付いてきた。
「だから、全てはあの平民女の仕業であり私に責はないと言っているだろう!?」
「此度の『眠り姫病』騒動は、間接的に王太子が引き起こしたものだと貴族達は考えております」
「ぐっ……!?」
「……オータムナル殿下をこのまま王太子に据えていると、王家の不信に繫がるかと」
リコの裁判での華麗な掌返しを見せて以降、貴族達のオータムナル王太子に対する評価はガタ落ちしていた。
『自分の都合の良い事を正義と見なす自分勝手な王子』、そう評されていることを本人が知らない訳がない。
その事を自覚していたのであろう、スノードロップ公爵に言い返そうとしていた彼は悔しげに手のひらを握り締めていた。
「王太子を弟君のセカンドフラッシュ王子にされるのでしたら、ゲルダの王太子妃候補の継続を了承しましょう」
「……」
国王もまた、オータムナルの悪評は分かっていたのであろう。
北の広大な領地と武力、そして王家の血を引くスノードロップ公爵家を敵に回すより、息子を切り捨てる事を選んだのであった。
「結局、オータムナル王子は隣国の王女に婿入りする事になった訳ね」
「ええ……決まってからすぐに旅立たれたのだとか」
シーズニアには同盟国がいくつか存在し、和平のために隣国の第ニ王女の元に王子を婿入りさせる話が出ていた。
元々はセカンドフラッシュ王子が隣国に渡る予定であったが、王女と歳が近く武芸も立つオータムナルが選ばれることになった。
「王女様が、オータムナル王子のお顔を大層気に入ったそうよ」
「そうですか……」
隣国は既に正妃の子である第一王子が立太子しており、身分の低い側妃の子である第二王女が権力を持つことは殆ど無い。
異国の地で傲慢に振る舞うことも出来ず、オータムナル王子は王女に飼われるように大人しく過ごしているそうだ。
オータムナルがこの国に帰ることは、叶わないだろう。
「セカンドフラッシュ王太子殿下はお若いけれど素直で優秀な方だわ、何より笑顔がお可愛らしいの」
「この国に残ってくれて良かったですね」
「ええ、本当にね」
華やかに微笑むゲルダは、とても美しい。
王太子妃を、ひいては王妃を『義務』だと断言したゲルダであったが、どうやら新しい王太子に関しては満更でもないようだ。
「お店を出される際には、教えて下さいね」
「当たり前よ、貴女はセンスが良いから、是非『シマェナガァ』の他のフレーバーの事も相談したいわ」
ゲルダの夢は、間違いなく続いている。
その事を羨ましく思いながらも、親友の夢の成就をローラは嬉しく思うのであった。




