聖女の顛末
客人用の紅茶は、メアリーが特別に調合したブレンドティーだ。
クセのない、さっぱりとした味わいのそれは、りんごのタルトタタンによく合う。
「……そう、そんな事がありましたのね」
「ええ、先生は満足気でしたよ」
ローラがゲルダに語ったのは、王城が眠りについている間の、空白の時間の真実であった。
サンフラワー伯爵の手によりその顛末は貴族達も知る所となったが、ゲルダはローラの口から語ることを望んだのだ。
「わたくしも先生に、お別れの挨拶がしたかったわね」
「……お気持ちだけでも、先生は喜びますよ」
全てを語り終えたローラは、少しだけ渇いた喉を紅茶で癒す。
たった一度話しただけのゲルダにも、強烈なインパクトと好感を与えていったモモは、やはり大きな存在なのだと再認識した。
「そこから先は、ゲルダ様もよくご存知だと思います」
「あの後が大変だったものね」
王城の地下にある貴族用の牢へ収容されたリコの、身の処遇を定めるのは難航した。
異界と魔物と結託し、シーズニア王国を脅かしたのだから、重い罪になることは避けられなかった。
「貴族からは処刑……中には火炙りの声も上がっていましたわね」
「恐ろしい話です」
シーズニアの重罪人の処刑は絞首と決まっているが、魔法を悪用した場合はその穢れた魂を浄化するという名目で、火炙りに変えられる事もある。
リコは魔法を使った訳では無いが、悪しき魔物の力を利用してシーズニアを掌握し乗っ取ろうとしたと解釈されたのだ。
「……あの方が筆頭に火炙りの刑を求めた時には、さすがに正気を疑いましたわ」
「……」
ゲルダの瞳に嫌悪感が浮かぶ。
その言葉の意図する所を察したローラもまた、眉根をそっと寄せた。
リコの今後を定める裁判にて、彼女の処刑を声高々に叫んだのは、事もあろうにオータムナル王太子本人であった。
「この女は卑しい平民の分際で分不相応な魔法を持ったことで調子に乗り、悍ましくもシーズニアの王妃という願いを持ち、魔性を使ってその願いを叶えようとした!」
ローラも証人の一人としてその場に居たが、あまりの掌の返しっぷりに呆然とした事を覚えている。
「この女のした事は王家を、国を脅かす恐ろしい行為である! このような邪悪は、聖なる炎で清める以外他ないだろう!!」
自分の行いを棚に上げ、かつてあれほど愛した女を処刑台に積極的に送ろうとするこの男こそ邪悪であろう。
しかし、王太子のその無駄に通る大声は『白鳥』の引き起こした一連の出来事を知る貴族の、恐怖心を煽るには充分であった。
「何が『聖女』だ、この売女め!」
「平民の分際で、なんておおそれた女だ!」
養子先であるオスマンサス侯爵家は不利な状況下にあるリコを庇うことはしない。
逆に、今は亡きオスマンサス侯爵夫人の死に関与していると、彼女一人に濡れ衣を着せようとしていた。
「『魔女』を火炙りにしろ!!」
「遺灰を川に流して神の贖罪とするのだ!!」
怒号が飛び交う裁判所の真ん中に繋がれ、絶望に顔を染めるリコの顔を、ローラは半年経った今も覚えている。
「……なんとか修道院に入るに留まって、本当に良かった」
リコを庇ったのは、スノードロップ公爵家とブロッサム伯爵家だけであった。
彼女の引き起こした事はけして許されるものではない。
しかし、彼女もまた夢魔に唆された被害者だ。
「スノードロップ公爵家のお言葉があったからこそです」
「命をもって償うことではないもの、当たり前よ」
そうして、リコは修道院に入ることとなった。
生涯出ることは叶わず、彼女は奉仕活動の傍ら神に祈り続ける日々を送ることになるそうだ。
「彼女に手を貸した令嬢も数名、修道院に行くことになったかしら」
「確か、イースター伯爵令嬢もそうでしたね」
「ああ、居たわねそんな方」
リコに関与した令嬢のうち、悪質だと判断された令嬢数名も揃って修道院入りしたそうだ。
その中でも一際邪悪で狂気すら感じられた巻き毛の令嬢の横顔を、過去の人間と切り捨てたゲルダに、ローラは困ったように小さく微笑んだ。
好物の塩蜂蜜クッキーで甘くなった口内を、紅茶でリセットさせる。
ティーカップをソーサーに戻し、ローラが口を開いた。
「……魔法が発現しなかったほうが、彼女は幸せだったのでしょうか?」
タルトタタンをフォークで品良く切っていたゲルダが、軽く瞬く。
「どうかしらね、平民には平民の苦悩があるようですから」
もし、リコが『癒しの魔法』が発現しなかったら。
彼女は今も城下町の片隅の、しがない靴職人の娘のままだったであろう。
そして、オータムナル王太子と出会うことも、思慕を拗らせて破滅することもなかった。
「パンプキンス男爵も爵位を剥奪されて、母方の実家のある片田舎の村へと妻子と共に移ったみたいよ」
「……そうでしたね」
こうして、パンプキンス一族は王都からひっそりと消えた。
まさに『魔法』が解けたような、そんな結末である。
「……元々は信心深い方みたいですから、今は心穏やかであってほしいですね」
路傍の可憐な花のように、素朴に微笑むリコを、ローラは嫌いではなかった。
王太子妃候補でなければ、同じ男を巡らなければ、あるいは新たな友情を築けたかもしれない。
……今となっては、リコの状況を知る伝手はない。
(けれど、今の彼女の心が少しでも癒えていますように)
ティーカップに満たされた琥珀の水面を見下ろしながら、ローラはそっとリコの幸せを願ったのであった。




