薔薇の花は美しく咲く
風にあおられ、モモの炎が舞い上がる。
鉄扇を交えた体術を使っていたが、身体が消滅しかかっているためか火炎魔法を主体として交戦していた。
モモの焔はその見た目に違わずダイナミックだ、それでいて明確な敵意を持つ『白鳥』以外を傷つけることはない。
「かつてはこの焔も脅威だったが……今ではどうということ無い」
巻き上がる火柱をも、ゲルダの氷の魔法は氷結させてしまう。
『氷雪の薔薇』の魔法をかすめ取った張本人は、羽根で奇襲を掛けつつ手に仕込んだ刃でモモを斬りつけた。
「……まだまだ、よ!」
艷やかな黒い尻尾が鞭のようにしなる。
氷を火炎が溶かし、大理石の床は所々に水たまりが出来ている。
ぱちゃり、とその上に降り立ち『白鳥』が芝居がかったような声音でモモに語り掛ける。
「この世界に訪れる事が出来て、実にラッキーだったよ。 キミさえ倒したら、ボクを追うものは誰も居なくなるからね」
「随分余裕ね、もう勝ったつもりでいるの」
「事実だろう? 現にキミはボクが手を下さずとも勝手に消えてくれそうだからね」
モモのタイムリミットはすぐそこまで来ている。
肉体が薄まってはもとに戻り、また薄まるを繰り返し、魔力を孕んだ紅い燐光は収まる気配がない。
それでも、黒曜石のような瞳はまだ、諦めてはいなかった。
「さあ、そろそろ終わりとしよう。 ボクはこの世界で、美しいものを愛でながら気ままに生きていくさ!」
勝利を確信した『白鳥』が酔いしれるように嗤う。
その背中を見ていたローラの指先から、そっと『切り札』が滑り落ちる。
(……今よ)
水溜りに落とされたそれは魔力を含んだ水の力を借りて急速に成長し、白鳥へと伸びてゆく。
無数の棘を付けたいばらの蔓が『白鳥』の身を捕らえた。
「これは……?」
「私の庭になり始めた薔薇の実よ」
ローラの庭の薔薇に、小さな青い実がなったのは昨日の事だ。
今年初めて成ったその小さな実を、何かあった時に使えると切り取ってネバツルソウの種と共にドレスの内側に仕込んでいたのだ。
その細い腕には、いばらの蔓が巻きついていた。
「なるほど、花の魔法使いらしいやり方だ……しかし、これくらいすぐに抜け出せるさ」
無数の棘に戒められながらも、『白鳥』は歌うように強がりながら、いばらの蔓を引きちぎろうとする。
しかし、その手がはたと止まった。
「まさか……!」
ローラの思惑に気付いたようで、ここにきて初めて狼狽の色を見せる。
牽制するように飛ばされた、魔力で出来た白い矢が頬を掠るも、ローラは怯まない。
「先生!」
ローラの腕から伸びる、もう一方の蔓はモモへと向かう。
その逞しい腕にイバラが巻き付いた瞬間、ローラは手を組み目を閉じた。
(『白鳥』から吸い上げた魔力を、先生に送る……!!)
植物から植物に、栄養を分け与える……否、移し替えるようなイメージを脳内に組み上げる。
「ああ、やめて、やめてくれえぇ!!」
ローラの魔力を介し、『白鳥』の潤沢な魔力が食い込んだ棘からグングンと吸収されていく。
ここに来て『白鳥』が悲鳴に近い声を上げたが、時は既に遅し。
吸い上げられた魔力が、ローラを通ってモモへと流れ込んでゆく。
「これは……力が、漲ってくるわ」
消えかかっていた輪郭が取り戻される。
己の手を見つめながら、モモが呆然とした様子で小さく呟く。
色艶が良くなった褐色の肌を彩るように、色付いた蕾から深紅の薔薇が一輪、華やかに咲いた。
「ローラ、アナタ……」
「自分らしく、動いただけです」
初めて行った新しい魔法の使い方は、予想はしていたが激しく魔力を消耗した。
力なくジョージの傍らに座り込みながらも、ローラに悔いはない。 そんなローラの顔を見たモモが、力強く頷いた。
「教え子の成長が見れるなんて、教育係冥利に尽きるわ♪」
熱風が、室内に吹き荒れる。
魔力が循環してモモの身体に馴染んだのであろう、みるみるうちに全身の傷が癒えてゆく。
紅い粒子が、艷やかな黒髪や獣の耳を鮮やかな紅へと染め上げる。
「ああぁ……そんな、ボクの力が……」
魔力を吸い出され、ふらつきながら信じられないといった顔で、『白鳥』が震える。
一対の鉄扇を構え、完全復活を遂げた教育係は艷やかな唇を持ち上げて悠然と笑ってみせたのだ。
「さあ、終わりの時間よ!」




