絶体絶命と起死回生
固く閉じていた瞳を開くと、真っ先に飛び込んだのは群青色の騎士服を着た背中であった。
虹色に揺らめく油膜のような防御壁は、術者であるジョージやローラのみならず、シャンデリアの餌食になりそうなリコやオータムナル王太子などの近くに倒れている人間をも覆った、広範囲のものだ。
「ジョージ……?」
これだけの範囲の、しかも強度の高い防御壁を張るには相応の魔力を要するだろう。
カラン、と大理石にサーベルが落ちる。
青ざめた顔で荒く息を繰り返すだけのジョージが、ゆらりと上体を傾けた後に膝を折った。
「危ない……っ」
防御壁に無数のヒビが入り、砕け散る。
抱き留めた幼馴染の身体は重く、呼吸こそ安定はしているが既に意識は無い。
空中に浮いたままの『白鳥』が優美に微笑んだ。
「ボクの空間でよく意識を保てていた。 けれど、これでキミの騎士様も夢の中さ」
ジョージまでも、夢魔の手中に落ちた。
紙のように顔を白くさせたローラに、『白鳥』は甘美な声で囁いた。
「絶望もまた、精気に深みを持たせる。 守られてばかりのお嬢様に、何が出来るかな?」
「……っ」
そのしなやかな背中めがけて、焔を乗せた斬撃波が飛ぶ。
身体の至る所に傷を作りながらも、屈強な黒猫は未だに闘志を燃やしている。
「おしゃべりが……過ぎるわよ」
ひらりと焰の刃を避け、白い翼を優美に羽ばたかせながら『白鳥』がモモへと向き直る。
「おや、相変わらず君達『猫』はしつこいね」
「アンタ達がいる限り、アタシ達はどこまでも追いかけるわよ」
乱れた前髪をくしゃりとかき上げ、モモが事も無げに笑う。
その存在感に溢れた巨体が、突然消えた。
「……なっ」
ローラが、思わず片手で口を覆う。
瞬きをする頃には、モモは元の位置に立っている。
今まで姿が薄まることがあっても、消えるような事はなかった。
「けれど、もう限界みたいだね」
『白鳥』が、いやらしく笑ってみせた。
それが、モモに時間が残されていないことを如実に表している。
モモも、自分の身に何が起こっているかは理解しているようだ。
「ボクはこの世界にやってきて更に強くなった。 消滅も間近なキミが、勝てると思っているのかい?」
自らの腕に残った傷に、『白鳥』が手を当てるとみるみるうちに傷が塞がってゆく。
それはまるで、リコの癒しの魔法のようだ。
「最後まで、諦めないわ」
窮地に立たされてなお、モモは笑っていた。
美しいピンクゴールドの鉄扇をひろげれば、まるでモモの魂を燃やすかのように紅い燐光が舞った。
「生徒が見ているのよ、情けないところは見せられないわね」
「……先生」
ローラが言葉を掛けるよりも先に、モモが動く。
力いっぱい大理石の床を踏みしめ跳躍すれば、その巨体は容易く夢魔の元へと辿り着く。
再び、ローラの目の前で命を懸けた技の応酬が繰り広げられる。
眠りに落ちた幼馴染を抱きしめたまま、ローラはただその様子を眺めるしかできなかった。
(私には、何も出来ないの……?)
風前の灯のようなモモとは裏腹に、『白鳥』は生き生きとした様子で彼を追い込んでいく。
その姿はまるで国中の生命力を吸い上げ、衰えることを知らない花のようだ。
――花の、よう。
ふと、ローラの頭の中にモモの言葉が浮かぶ。
曰く、夢魔は魔力を吸い上げ、力を付けるのだと。
そして、モモもまた魂がシーズニアの強い魔力源と迎合し、精霊化した存在なのだと、そう言っていた。
(もし、『白鳥』の魔力を先生に流せたら)
思い出すのは、先日のドライフラワー作りだ。
ローラの魔法は『花を咲かせる』だけではない。
その逆も、できるのだ。
「……」
確証は無い。
仮に行えたとなれば、オータムナル王太子が言うように『生命力を奪う魔女』と認めてしまうことになるだろう。
(でも、これしかないわ)
ちらりと、ジョージの青白い顔を見下ろす。
愛しい幼馴染を、初めての親友を、そして大切な恩師を救えるかもしれない。
斬撃と体術と、風と焰の応酬が続く中、ローラはそっと、ドレスの内側に忍ばせていた『切り札』に手を伸ばすのであった。




