奪われた魔法
「ほうら、まだまだ有るよ」
薄ら笑いを浮かべた『白鳥』が片手を挙げると共に、幾本もの白い羽根がモモに襲い掛かる。
「ぐっ……」
即座に火炎によるヴェールを張って羽根を弾き返すも、その逞しい二の腕にも数本の羽根が刺さった。
濃い化粧が施された顔が一瞬苦痛に歪むも、すぐに好戦的な笑みを作る。
「やってくれるじゃなァい……」
「キミは派手好きだからね。 全身にボクの羽根を刺したら、さぞかし映えるだろうさ」
「フェザーショールは既にお気に入りのが有るのよ、ごめんなさいね」
『白鳥』の挑発を軽口で返す余裕は有るようだが、背中からはジワジワと血が滲んでいるのが分かる。
「そんなことより、アナタ……また『奪った』わね?」
次に放たれたモモの声は、怒りを孕んだ低いものであった。
その声音に、嫌な予感がした。
「ふふ、よく分かったね。 これはあの公爵家のお嬢さんの力さ」
「そうやってアンタはアタシの可愛い教え子の力も奪ったんだから、分かるわよ」
モモの吐き捨てるような口振りが、それを表していた。
(ゲルダ様……)
予感が的中する。
親友を死の淵に追いやっただけでなく、その魔法ですら悪用する、魔性の悪辣さに、ローラは思わず嫌悪感を口に出した。
「最低……」
「コレクターと呼んでおくれよ。 それに彼女はこのボクが利用するほどの高い価値が有るんだ、友達なら誇って良いんじゃない?」
絶望的に、価値観も倫理観も違いすぎる。
神経を逆なでするようなその口振りに、めまいすらした。
「奪われたなら、奪い返すまでよ」
冷たく呟いた言葉と共に、モモが動く。
鉄扇に焰を纏わせ、まるで舞うかのように豪快に『白鳥』に斬り込んだ。
(何か、私に出来ることは無いのかしら……)
守られてばかりの自分の立場が、酷く歯痒く感じられる。
ローラの前で剣を構えているジョージも、『白鳥』の遠距離からの攻撃に備えるのに手一杯だ。
守るべきものがある彼は、傍を離れてモモの加勢に行くことは出来ない。
「お前はここに居ろ、俺が守るから」
「ジョージ……」
ローラの考えている事が何となく察せられたのか、ちらりと空色の瞳がこちらに向けられる。
彼の言わんとすることは、ローラにも分かっていた。
(戦うことの出来ない私は、確かに足手まといだけど……)
それでも、何か出来ることが有るはずだ。
ジョージの後ろに下がりながら、ローラは目だけを動かして辺りを窺う。
広く静かな室内には打撃音と、風と焰が舞う音が響く。
自分達以外の人間は深い眠りに囚われ、ワインがドレスを染め上げても弾き飛ばされた羽根が身体を掠めて血を滲ませても起きる事はない。
「段々息が上がってきてるじゃないか」
「そうね、ウォーミングアップには丁度いいわ」
戦いは少しずつ、モモが劣勢に追い込まれつつあった。
モモの焰すら凍り付かせる氷の魔法は、持ち主を思い起こさせるほど苛烈で強力だ。
「……くっ!」
そのしなやかな脚から繰り出される、想像もつかないほど強力な蹴りを辛うじて避けたモモがバランスを崩すのが見えた。
持ち直そうとしたその一瞬の隙を見逃す事なく、白鳥が追撃の姿勢を取る。
「……先生、危ない!!」
思わず片手をモモへと伸ばす。
こめかみに熱が宿り、視界にひらりと、薄桃色のものが舞う。
ローラの右手から放たれたのは、春咲花の無数の花弁であった。
それは『白鳥』とモモの間になだれ込み、薄桃色の壁を作る。
「ローラ……」
間一髪のところを教え子に救われたモモが、息を乱しながらローラへと視線を向ける。
季節外れの春の花が舞い散る中、白い夢魔が花弁の一枚を口に含む。
そうして、にたりと微笑んだ。
「なんて芳しい、まるで蜜のような精気だ……」
ばさり、とその背中から純白の羽根を広げ、『白鳥』が飛翔する。
「ちょっとくらい、味を見てもバチは当たらないだろう?」
うっとりとした様子の声音を拾ったと同時に、綺羅びやかなシャンデリアが、ローラとジョージの頭上めがけて落下する。
轟音と、硝子が割れる甲高い音が耳をつんざいた。




