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届かない言葉

 「……」


 リコは俯いたままポロポロと涙を零すばかりだ。

 きっと、返す言葉もないのだろう。

 その様子が痛々しくて、とても見ていられずにローラは思わずモモの前に出る。

 そして、声を張り上げた。


 「――淑女が、みだりに涙を見せるものではありません!!」


 こんな大声をあげるなんて、モモに連れられて空を飛んだ以外に、した記憶はない。

 今まで酷使されてこなかった声帯が、ヒリヒリ痛む。

 隣にいるジョージも、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。


 「どこから来たのかも分からない馬の骨、いいえ鳥の骨に大切な夢を馬鹿にされているのですよ? 何も言わずにシクシク泣くのが令嬢のやることですか、己の夢に矜持を持ちなさい!」


 言葉は全て本心だ。

 それがローラなりの叱責であり、激励であった。

 リコは潤んだ榛色の瞳でローラを唖然と見上げ、そしてくしゃりと笑った。


 「えへへ……やっぱり、ブロッサム伯爵令嬢は優しいですね。 あたしのために怒って、心配してくれて……」


 その笑みは、かつて広場やスノードロップ公爵家のお茶会で見た素朴で可憐なものだ。

 その笑みのまま、リコはゆるりと首を横に振った。


 「でもあたし、オータム王子のお傍に居たいんです。 そのためなら……あたしは、『天使様』を信じます」


 その愚直なまでの願いは、揺るがない。

 その言葉を最後に、涙に濡れた瞳を閉じたリコは、座り込んだまま深い眠りに堕ちる。

 リコの身体から白い魔力のきらめきが立ち上り、オスマンサス侯爵夫人の身体に吸収されていった。


 「オスマンサス侯爵令嬢……」


 自ら夢という鳥籠に囚われた哀れな少女を前に、ローラの胸に宿るのは強い怒りだ。


 「彼女の夢を、なんだと思っているの……!」


 リコの生命力をも奪い取った夫人の成れの果てが、ククと口端を持ち上げる。

 豊かなその胸元に、ぴしりと亀裂が走った。

 その歪みから舞い上がるのは、無数の白い羽根だ。

 オスマンサス侯爵夫人が仰け反りながら倒れ伏すと同時に、すらりとしたシルエットの人影が姿を現す。


 「ボクは彼女の純真な夢を叶えてあげただけさ! 現実では到底叶わないであろう、王妃になるって夢をね」


 無数の羽根と共に現れたのは、夜会服に身を包んだ細身の青年であった。

 純白のふわふわとした短髪と、白鳥座をイメージしているであろう銀刺繍が美しいケープマントが風に揺れる。

 しかし、整っているであろうその顔の半分以上を白い羽根が飾るように覆っており、不気味な印象を与える。


 「貴方が、この国に巣食っていた夢魔……」


 「あはは、この世界では『天使』って名前を貰ったよ。 本当に人間は愚かで面白いよね」


 夢魔というには純真すぎるその姿は、信心深く人を疑うことを知らないリコから見れば『天使』に見えたかもしれない。


 「……貴方のような天使が居て、たまるものですか」


 吐き気がする。

 込み上げるのは、強い嫌悪だ。

 リコの尊厳を踏み躙り、ゲルダを眠りという死の淵へと追い込んだ、異界からの侵略者への激しい怒りであった。


 「この女や娘のおかげで実体を持てるほどの精気を手に入れることが出来た。 後は君達を消せばボクはこの地で好き勝手に生きていける」


 その声は思いのほか優しいものだ。

 けれどその猫なで声が、今はローラの心を逆なでする。


 「そうそう、ボクはキミにも興味があったんだ。 花を操る清らかな乙女……その精気はどんなに甘美なんだろうねぇ?」


 「……気持ちの悪い」


 羽根で隠されているはずの顔から、何故かねっとりとした視線を感じ、胸の内の嫌悪感が膨れ上がる。

 顔を(しか)めて真っ直ぐに負の感情を向けるローラに、くすりと口端を持ち上げた『白鳥』は両手を広げてこう告げた。


 「ボクは優しいからね、キミの魂はボクの中で飼ってあげよう。 夢の内容は……そうだな、『笑顔が素敵な淑女になって、皆に愛されて幸せに過ごす』なんてどうだい?」


 明らかに小馬鹿にしたような仕草にローラが鼻白む。


 「……夢は叶えてもらうものではないわ、叶えるものよ」


 そして、後ろに立つジョージとモモへと振り返る。

 いつもローラを近くで見てくれていた、信用できる二人はゆっくりと頷いてくれた。


 「ああ、夢なんて自分で叶えてナンボだもんな」


 「ンフフ♡ 上出来よ二人とも」


 コツン、とヒールが大理石を叩く。

 ローラの前へと歩み出たモモが、深紅に染めた唇を自信たっぷりに持ち上げた。


 「アナタの筋書き通りにはいかないわよォ。

 だって、この国にはアタシっていうお節介な魔法使いが居るんだから!」


 ハンドバッグから取り出した鉄製の扇子が、勢いよく開かれる。

 冷たく感じられた空気に、熱が宿る。

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

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