夢に誘う鐘がなる
王城の厳かな鐘が、夜の九時を告げる。
合流を果たした後、セレモニーでの説明をしてくれたのはジョージであった。
ローラが謂れなき罪を重ねられ、危うく魔女として断罪されそうになり、ここまで逃げてきたことをローラが傷付かないよう言葉を選びながら伝えてくれた。
「ふゥ〜ん、そうなのぉ。 ……あのバカ王太子、やっぱり帰る前に『もいで』おくべきだわねェ」
無事に再会出来た事を喜んでいたモモが珍しく憤怒で眉を吊り上げる様子は、まるで悪鬼のような恐ろしさであった。
低い声で片手を捻るモモの仕草に心当たりがあるのか、ジョージが青ざめた顔で自分の股間を庇った。
「やめてくれセンセイ、マジで冗談に聞こえねえよ」
「あらァん、アタシのパワーに掛かったら一発よォ」
「仮にも次期国王だからな!?」
「こんな浮気最低野郎の遺伝子が遺されるくらいなら王家が断絶したほうがマシよ♡」
「顔が怖えんだよ! 目が一切笑ってねぇ!」
ドン引きの顔をしているジョージの横で、ローラが静かに首を振る。
しかしその瞳にオータムナル王太子への心配などは、一切無い。
「大丈夫よジョージ、王太子殿下の下には五つ下のセカンドフラッシュ王子がいらっしゃるから王家の血は絶えないわ」
「いやそういう問題じゃねえだろ」
「あらァん、じゃあ問題ないわね♡ プチっといきましょプチっと」
オホホホと笑うモモの目は、ギラギラと輝きながらセレモニー会場に向いている。
自分のためにここまで怒ってくれることに感謝しながら、二人の賑やかな会話に僅かに心を和ませていたローラは、モモの背後に広がる光景に、言葉を失った。
「……っ!?」
隅々まで手の入っていた王妃のご自慢の薔薇の園。
夜闇の中でも鮮やかに咲き誇っていたそれらは、急激に萎れて色を無くしていた。
「ローラ、どうしたの?」
ローラの異変に気付いたモモとジョージも辺りを見渡し、その異常な光景に目を見開く。
薔薇園の薔薇という薔薇が、いっせいに枯れ果てようとしていた。
「――あ……?」
それと同時に、くらりと視界が揺れる。
襲ったのは甘美なまでにねっとりと重い『眠気』だ。
「っ、おいローラ! 大丈夫か!?」
傍らにいたジョージが咄嗟にローラを支える。
彼もまた眠気に襲われているようで、抵抗しようと眉間に深いシワが寄っている。
(だめ、眠ったら……)
きっと、この瞼を閉じたら『終わる』。
ローラはジョージにしがみつきながらもなんとか、ふらつく足に力を入れた。
「これは……『白鳥』の気配だわ」
裾のスリットが大胆な、異国めいた深紅のドレスを翻してモモが緊迫した面持ちで呟く。
「もう隠す気もない訳ね、舐めてくれる」
「先生……」
この中で眠気の影響が無いのは、魂だけの存在だからであろうか。
モモは険しい顔でローラとジョージを見やった。
「アタシはこれから『白鳥』のところに殴り込みにいくわ、アナタ達はここで待っててちょうだい」
きっと、セレモニーには諸悪の根源が居るはずだ。
それはシーズニアの王都を掌握した、恐ろしい力を持った存在だ。
「……行きます、行かせてください」
シーズニアを襲ったその存在は、ローラの初めての親友を手に掛けた存在だ。
倒すことで彼女が目覚めるのならば、ここで待っている訳にはいかなかった。
「ゲルダ様と、オスマンサス侯爵令嬢のために、私も動きたいのです」
そして、あの会場にはリコもいる。
何故あんなにも優しい彼女が魔性に魅入られたのか、ローラは知りたかった。
「ローラ……」
幼馴染の気丈な様子に、ジョージが驚いたように名前を静かに呟く。
モモは静かに微笑んだ後、力強く一つ頷いた。
「オーケイ、一緒にぶっ飛ばしにいきましょう」
そうして、大きく一つ伸びをした後に屈伸運動を始める。
深いスリットの根元に飾られた、花の意匠の豪華な飾り紐がふわふわと揺れる。
「ジョージ、ローラを抱えて連れてきてあげて頂戴な。 ――アナタなら追い付けるでしょ♪」
いい笑顔でそう言い放った後、ローラやジョージが何か言う前に教育係は既に地面を蹴り上げていた。
(じ、地面が抉れてる……)
その一点にどれだけの負荷がかかったのだろう。
そもそも、あの異様に高いヒールで、あんなスピードでよく走れるものだ。
思わず地面とモモの背中を交互に見ていたローラの視界が、不意にブレる。
ふわり、と身体が浮く。
目の前に飛び込んできたのは、幼馴染の澄んだ空色の瞳だった。
「行くぞローラ、全力で走らねえと置いてかれる!」
ローラを抱えたジョージが、モモの背を追いかける。
かなりのスピードだ。
ビュンビュンと風を切る音が耳を過ぎり、ローラは思わずジョージの肩に縋った。
「ホホホ、捕まえてごらんなさぁい♡」
「コイツ、ふざけやがって……っ!」
「アタシはいつでも本気よぉ〜ン♡」
丸太のように太い脚を猛然と回転させながら、余裕綽々のモモが高笑いを飛ばす。
周りの騎士達があちらこちらに倒れ伏して眠っているのを、まるで分かっていたかのようだ。
冗談のように高いヒールが、大理石の床を砕かんばかりの勢いで振り下ろされる。
大理石が悲鳴をあげる甲高い音と、ジョージの荒い息を聞きながらローラはセレモニー会場へと戻るのであった。




