とある王子様の華麗な夢sideオータムナル王太子
オータムナル・メロウ・シーズニアが運命の出会いを果たしたのは数カ月ほど前のことであった。
商業区域に新たに出来た、貴族御用達の靴屋の評判がすこぶる良いと聞く。
母である王妃の実家であるオスマンサス侯爵家がバックアップをしているのだという。
オータムナルは時折こうやって変装しては市井の暮らしを見聞し、細かく気付いたことを配下の者と共にブラッシュアップしては王に告げていた。
お忍びで店の様子を見に来たのも、その一環であった。
その時にオータムナル出会ったのが、靴屋の看板娘として働いていたリコであった。
その可憐で控えめな笑顔に、オータムナルは一目見て気に入ったのだ。
足繁く靴屋に通い、彼女との交流を重ねた。
元は平民である一代限りの男爵の令嬢である彼女は、温厚で心優しく、オータムナルの自尊心と庇護欲を絶妙に擽る娘であった。
王太子としての職務の合間をぬって、逢瀬を重ねていくうちにオータムナルの抱いていた気持ちは日に日に大きくなっていった。
(この娘を、王太子妃として迎えたい!)
このシーズニア国王の第一子であるオータムナルは、元々正義感の強い子供であった。
父である国王からは「この国を守るために善悪を見極められる目と知識を持つように」と言われ、王妃として伴侶を支える母からは「国民を護れる優しさを育んでほしい」と願われ育った。
彼にとって、幸いな事は彼を慕う貴族が沢山いたことだ。
国王が選んだ彼らは優秀で、オータムナルにも忠実であり、自己肯定感を育んだ。
母の生家オスマンサス家に通ずる豊かな金の髪に夕焼けのような瞳、オータムナルは文字通り文武両道で衆目美麗な王子に育った。
ただ一つ、オータムナルが不服としていたのは将来の妃となる王太子妃候補に恵まれなかった事だ。
オータムナルには二人の婚約者候補がいた。
一人は王家の気高き血を持つスノードロップ公爵家の令嬢、ゲルダだ。
氷の魔法を使う彼女はオータムナルと同じく才色兼備で、シーズニアの令嬢の憧れの的であった。
「オータムナル殿下、あまり一つの家に入れ込むのは宜しくなくってよ」
しかし、同じ年であるゲルダは当時十歳であったオータムナルよりも早熟で、口うるさいところがあった。
「私はきちんと自分の目で見極め、あの者たちを信用している」
「その殆どがオスマンサス侯爵家の手の者ではありませんか、もっと視野を広くお持ちになったほうが良いですわ」
彼女はオータムナルがやることなす事全てが気に入らないようで、特に交友関係に口を出す事が多かった。
彼女は父の側近である、あの狡猾で傲慢なスノードロップ公爵の一人娘だ。
どうやら、オータムナルの周りを実家の手の者で固めたいようだ。
(なんと強欲な娘だ、王妃になるだけでもその影響は絶大だろうにそれ以上を欲するか)
少ししてから新たに追加された王太子妃候補は、片田舎ながらも豊かな土地であるスプリンダ領を治めるブロッサム伯爵家の令嬢であった。
花の精霊の血が色濃く出ているという彼女は、確かに見た目は妖精のように麗しかったが、気難しい所があり周囲のトラブルが絶えない令嬢だった。
(美しいのは見た目だけだな、中身は粗野で高飛車で世間知らずな偏屈女だ)
フローラ・ローラ・ブロッサムもゲルダ・スノードロップも共通していることは自己主張が激しく、物怖じもせず澄ました顔でオータムナルに進言をしてきた。
「わたくしはこの国の事を思って申しております」
「殿下は疑うということをご存じないのですね」
上から目線で高説を垂れるゲルダも高飛車な物言いのローラも、オータムナルには何よりも煩わしく思えた。
(女が男に意見するなど、恥ずかしいと思わんのか)
母であるシーズニア王妃は穏やかで朗らかな人物だ。
国花である薔薇を愛でながら控えめに微笑むその姿を父は愛し、長らく側に置いていた。
できるならば、オータムナルも穏やかで控えめな令嬢を求めていたのである。
そこで出会ったのが、リコ・パンプキンス男爵令嬢だ。
(私欲も混じっていることは、百も承知だ)
王太子妃に選ばれる者は、高貴な身分と深い教養が必要だ。
素朴なリコには王太子妃、は荷が重いだろう。
それでも、オータムナルは自分の傍らで癒しを与えてくれる『聖女』を手放したくなかったのだ。
◆◆◆
セレモニーはざわつきを残しながらも、ひとまずの落ち着きを取り戻していた。
父である国王は苦々しい顔をしており、母は顔を青ざめさせている。
「ブロッサム伯爵とサンフラワー伯爵両名、無事捕らえました」
「ご苦労」
王の御前で無礼を働いたブロッサム伯爵とサンフラワー伯爵は既に騎士の手により捕らえられ、拘束されていた。
この二人が派手に暴れたおかげで、ローラとジョージを取り逃がしてしまったのだ。
視線だけで射殺してきそうな殺意の籠った目を向けるブロッサム伯爵にオータムナルは冷笑を送った。
「血迷ったな、ブロッサム伯爵。 娘を捕らえたらまずは眼前で火炙りにしてやるから楽しみにしておけ」
「……っ」
ぎりりと奥歯を噛みしめるブロッサム伯爵の隣でサンフラワー伯爵がやけに静かなのが気にかかったが、今はどうでも良かった。
「オータム様……」
絹の手袋に包まれた指先が腕にそっと絡む。
美しい黄色のドレスに身を包んだリコが、不安そうにこちらを見上げていた。
「大丈夫だ、お前は何も心配しなくていい」
最初、リコは自分を支えるなら愛妾の身分でも構わないといじらしくまつ毛を震わせてくれていた。
その控え目な態度に心打たれていたところに、養子縁組の打診を持ちかけてきたのが母の姉であるオスマンサス侯爵夫人であった。
リコは身分が低い、その懸念点を伯母は甥のためだと艶然と微笑んで潰してくれた。
(あの女狐め、たまには役立つではないか)
おおよそ、『王妃の母』という肩書が欲しいのだろう。
母と違い下品で強欲な叔母は好きではなかったが、利害が一致する今手を組まない選択肢はない。
一つの家に権力が集中することに母は良い顔をしなかったが、『聖女』の魔法を王家に取り込みたい父の意向に従いリコを新たな婚約者候補に加えることを認めてくれた。
王太子妃候補として他の令嬢と渡り合うことを覚悟したのだろう、リコもまたオータムナルやオスマンサス侯爵夫人の暗躍に同意を示してくれた。
その結果邪魔であったローラは魔女として追われることとなった。
ブロッサム伯爵とサンフラワー伯爵も自滅してくれた、これで心置きなく領地を伯母に献上できる。
(ゲルダが病に倒れたことは想定外であったが……)
それもまた、『聖女』を虐めた事への報いという体で上手く利用させてもらうことにした。
目障りなスノードロップ公爵家も取り潰しは出来ずとも大人しくなるだろう。
(これもまた、王になるものの務めだ)
悪は滅び正義が勝つ、全ては良い方に転がっている。
これほど気持ちの良いことはない!
「あたし、これで王太子妃になれるんですよね?」
「ああ、周りもきっと祝福してくれるだろう。」
傍らに寄り添うリコに微笑みかける。
それに安心したように、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。
「ああ、嬉しい……」
その刹那、ガラスが砕けた音がした。
セレモニーの参加者である婦人が、額を押さえてふらりと座り込む。
それを皮切りに、セレモニー中の人間が倒れ始めた。
「な……っ」
がしゃん、がしゃりとグラスが割れる音と共に倒れ伏す参加者たち。
その全てが、安らかな顔で眠っていた。
兵士たちも、彼らに取り押さえられていたブロッサム伯爵達も首を項垂れている。
「ち、父上……っ」
まさかと思い振り返れば、王も王妃も玉座に身を預けて寝息を立てている。
なぜ、どうしてこんなことに?
それはまるで、この王都内を巣食う『眠り姫病』のようであった。
「リコ……!」
耐え難い、甘美な眠気がオータムナルを襲う。
困惑のまま傍らに視線を落とせば、彼女は優雅な様子で小首を傾げる。
「ふふ、大丈夫ですよオータム様」
その笑みは普段素朴で愛らしい彼女からは想像もつかないほど艷やかで、二日前に庭園の奥でひっそりと一線を越えた夜を何故か思い出した。
リコが、頬を優しく撫でる。
「後は『天使様』が全てやってくれます。 オータム様は何も心配しなくていいんです」
この場に立っている者は、既にオータムナル達しかいない。
……否、もう一人だけ立っているものがいた。
「リコ、君は一体何を……」
意味がわからない。
目の前の娘が、陶酔したような邪な笑みを浮かべる。
そこに、愛した少女の面影はない。
「……」
瞼が重い、とてもではないが開けていられない。
瞳を閉じれば、オータムナルの意識はすぐさま刈り取られる。
鐘の音が遠くから聞こえる。
本来ならばオータムナルと未来の王太子妃を祝福する音であった。
ばさ、と何かが羽ばたくような音が聞こえた後、何も分からなくなった。




