幼馴染の純愛と、炸裂オネエパワー
走って、走って。
ローラとジョージが辿り着いたのは、王妃が管理している薔薇の園であった。
「とりあえず、蒔いたか……?」
肩で息をしているローラとは違い、ジョージは殆ど息も乱れていない。
「お父様もおじ様も、大丈夫かしら……」
会場方面は騒がしい。
多分、子供達を逃すために二人が大暴れしているのだろう。
「あの二人も幼馴染だし、タッグ組んだら一筋縄ではいかないだろうな」
「でも、王族に逆らうなんて……」
「それだけ鬱憤が溜まってたんだろうな、ローラの親父さん」
父もサンフラワー伯爵も、攻撃魔法や防御魔法を一通り収めているため捕らえるには時間がかかるだろう。
追手が少なかったのも、それが影響しているようだ。
「痛っ……」
ふと、足元に痛みが走る。
先程まで無我夢中になって走っていたため気付かなかったが、大分足に負担を掛けていたようだ。
「こっちに」
ジョージに手招きされ、庭の片隅に置かれた小さな椅子に腰掛ける。
恭しくドレスの裾をめくり、靴を脱がせたジョージが、顔をしかめた。
「無理させちまったな」
「仕方ないわよ」
小さな魔宝石で飾り立てたパンプスは、全力疾走に向いていない。
ローラの小さな足は所々擦り切れ、踵からは血が滲んでいた。
「ちょっと染みるぞ」
懐からジョージが取り出したのは、ローラが贈ったケアクリームだ。
指先にたっぷりと乗せたそれが患部に触れれば、その痛みにローラは身を竦ませた。
「こんなすぐに靴擦れになってしまうなんて……」
「走ることを想定してない作りだし、しゃーねえか」
身を屈め、擦り切れてしまった箇所にクリームを塗り込む幼馴染の頭を、ローラは何だかくすぐったい気持ちで見下ろす。
「厩舎にいる先生と、何とか合流したいわね」
「そうだな、多分騒ぎには気付いてるだろうからこっちに向かってるかもしれねえ」
ジョージの『伝達魔法』は、潜伏しているこの場所がバレてしまう恐れが有るため使えない。
恐ろしく目立つあの教育係が、既に動いていることをローラは願う。
未使用であろう絹のハンカチを口に咥えて割いたジョージが、淡々とした様子で問いかけた。
「センセイと合流するまで頑張れるか?」
「ええ、大丈夫よ。 何ならパンプスは此処で捨て置いても良いくらい」
「シンデレラかよ。 尖ったもの踏んで怪我しても困るし、最悪俺が背負っていくぞ」
「助かるわ」
黙々と、細く裂いたハンカチを手際よくローラの足に巻き付けてゆく。
手当も慣れているのだろう、それが頼もしく思いながらローラはそっと口を開いた。
「ありがとう、私を信じてくれて」
「……当たり前だろ、何年一緒に居るんだよ」
砕けた口調は、照れ隠しも兼ねているのだろう。
ハンカチで傷の保護をし、結び目をしっかりと作った後にジョージはゆっくりと顔を上げた。
空色の瞳が、まっすぐにローラを見上げる。
「こっちこそ、ごめん。
いつも見てるばかりだったな」
「そんなことないわ、こうして助け出してくれたもの」
事あるごとに、ジョージには助けられている。
何があっても味方を貫いてくれる幼馴染の優しさに触れ、ローラは静かに微笑んだ。
「……俺なら、お前を傷付けない」
「ジョージ……」
手の甲に、ジョージのそれが重ねられる。
見慣れた幼馴染の顔は、いつも以上に精悍に思えた。
「小さい頃から、ずっとお前が好きだった。
王太子妃候補に選ばれる前からずっと、お前を見ていた!」
「……!?」
突然の愛の告白に、目を見開く。
今まで側に居てくれていた幼馴染の、本当の気持ちに触れ驚きに息を飲んだ。
「そ、そうだったの……?」
「お前が王太子妃になって幸せになるならと思って、身を引くつもりだったんだ」
ジョージが僅かに苦い顔をする。
「あのボンクラ王子、ローラの表面ばっかり見やがって。
しかも別の女に現抜かすなんて許せねえ」
「……政略結婚なんてそんなものよ」
「それで火炙りになってたら世話ねえだろうが!」
「それは、そうだけれど」
ローラ自身も、まさかここまで酷い扱いを受けるとは思ってもみなかった訳である。
ガリガリと頭をかいたジョージは、再びローラに視線を戻す。
恥じらいのためか、その頬はほんのりと紅い。
「お前が望むなら何処へでも連れて逃げてやる、お前が好きな花が咲く異国にだって行ってやるさ」
「ジョージ……」
「だから、俺の妻になってほしい」
頬が、燃えるように熱い。
まるでジョージの熱が移ったかのようだ。
(ジョージはずっと、私の側に居てくれていた)
重ねられた手の熱は、けして嫌なものではない。
それがローラの答えだ。
「……私も、ジョージが好きよ」
絞り出すようなその返事に、ぱぁと空色の瞳に輝きが増す。
「……愛してるぞ、ローラ」
愛おしげにそう呟いたジョージが、白銀の髪の一房を手に取りそっと口付ける。
それだけで、心はむずがゆくも幸せな気持ちになる。
「……近づいてきてるわ」
遠くから、荒々しい足音が近付く。
椅子から立ち上がり、ローラは足音とは反対方向の入り口を指差した。
「あっちから出て、庭園を目指しましょう」
「わかった!」
王妃の聖域に、無粋な剣を携えた騎士達が殺到する。
ここを戦場にして、薔薇の花々を傷付けるのはしのびない。
兵士達の足止めをするように、ネバツルソウの蔦を足元に伸ばし、ローラはジョージの手を取る。
(無実の罪で死ぬなんて、ごめんだわ)
走り出すローラの背に追手の剣が迫る。
その刹那、凄まじい熱風が園内を吹き荒れた。
「きゃっ……!」
暴力的な風に、思わず目を閉じながらドレスの裾と髪を押さえる。
敏感になった耳が、追手の騎士たちの悲鳴らしき声を捉える。
「――お待たせ、お二人さん♡」
ゆっくりと、目を開くとそこには華やかな異国風のドレスに身を包んだモモが立っている。
傍らには複数の騎士たちが芝生の上に転がっていた。
「……先生!」
ジョージと声がハモったのがおかしいのか、モモは艶やかに笑った後に手にした鉄扇を開いた。
「さあて、反撃といきましょうか!」
セレモニー会場の方角は、先程まで喧騒が嘘のように、不穏な静けさに包まれていた。
この後1話、間話を挟み『最終章 モモの最後の授業』をお送りします。
最後までぜひ、お楽しみください。
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