モモ先生の特別授業♡化粧台の前にて
そうして迎えた、セレモニー当日。
午前中いっぱいを土いじりやモモの朗読会などに充てたローラは、いつもの鏡台の前に座っていた。
父が持ってきてくれた水色のドレスは夏の青空のように爽やかで、裾には春咲花を模した花飾りが美しく咲いている。
「髪を上げると雰囲気が変わるわねェ、素敵よぉ♡」
「ありがとうございます」
白銀の髪はモモの手によって美しくまとめ上げられ、ドレスと同じ色のリボンが付いた銀細工の髪飾りで留められている。
身にまとうアクセサリーも、ローラの瞳合わせた青い魔宝石がちりばめられた、銀細工だ。
「表情が固いわよ、ほぉら笑顔笑顔」
「すみません……この一ヶ月、あっという間だったなと思って」
弾けるような笑顔のモモにつられて、ローラもほんの少しだけ笑みを作る。
一張羅だという綺羅びやかな刺繍がほどこされたオリエンタルなドレスを着たモモは、どこか懐かしむように目を細めた。
「そうね、とても刺激的で……勉強になったわ」
「モモ先生が、ですか?」
少し意外であった。
鏡の向こうのモモが、櫛を傍らに置いて口を開く。
「長年教師をしてると、生徒から学ぶ事も多いのよ」
「私からも、ですか?」
「ええ、お姫様の教育係なんてそうそう無いもの、珍しい体験をさせてもらったわン♪」
異世界に放り出されても、死ぬかもしれないと分かっていても、この教育係は気丈で、気高い。
その笑顔は、やはりローラには眩しく映った。
「私も、先生の図太さは少し見習うべきだと思っています」
「あら言うじゃなァい、しっかり見習ってちょうだいな♡」
いつもの上手なウインクも、今日で見納めかもしれない。
どうしようもなく寂寥感が胸に募り、ローラはそれを打ち消すように言葉を続けた。
「……『ゲンジモノガタリ』、最後まで聞けて良かったです」
「うふ、最後は駆け足になっちゃってごめんなさいね」
スノードロップ公爵家のお茶会の日から、少しずつ語り聞かせてもらっていた異世界の恋愛小説は無事昨日で最終回を迎えた。
さすが千年もの間、愛されるだけある超大作だったと思う。
「ローラは誰が好きかしら?」
「……『ハナチルサト』が好きですね」
ヒロインの一人であり、けして美人でないながらも穏やかな人柄と高い実力を持ち、主人公の一生を支えた人物だ。
「主人公との熱烈な愛は無くても、信頼しあって穏やかに過ごす……素敵なヒロインだと思います」
「そうね……自分なりの幸せを見つけた、彼女もまた立派なヒロインの一人ね」
「メインヒロインの『ムラサキノウエ』や『アカシノキミ』も好きですが……耐え忍ぶだけの人生は、本当に幸せなのか考えられますね」
彼女たちの生き様は献身的で、ひたむきであるがそれが『幸福』であるとは、ローラには言い切れない。
そして、今までの抑圧されてきた自分の姿が思い浮かび、何とも言えない気持ちになった。
「千年前の恋愛観だもの、今を生きる学生さんたちも彼女達を哀れんだり、そんな彼女たちを裏切って別の女に行く主人公に憤ったりしてるわ」
「……やはり主人公はその、ちょっと人間的に問題が有りますよね」
言うなればマザーコンプレックスを引きずった浮気男だ。
なんならオータムナル王太子のほうがマシかもしれない。
「ま、人間って大きな欠点があると魅力的に見えたりするわよね。 アタシも『ヒカルゲンジ』はカスだと思うけど♡」
「か、カス……」
モモの身も蓋もない言い方に思わず引きつった笑いが出てしまった。
キャラキャラと笑った後、モモは鏡に映る教え子に静かな視線を向ける。
「あの物語には沢山の女性が出ていたけれど、アタシは彼女たち皆主人公だと思ってるわ」
紅い鼻の醜い姫君も、色好みな老婆も、恋に狂い恐ろしい魔性に堕ちた女もあの物語には居た。
彼女たちは皆思い思いに輝き、存在感を遺していたように思える。
「女の子はみな、主人公になれるのよ」
「先生……」
「そして、アナタの物語はローラ、アナタしかヒロインにはなれない。 それだけは、忘れてはいけないわよ」
黒い瞳に、強い意志が宿る。
その輝きは、鏡面越しのローラにも伝わった。
「……はい、先生」
ぱちりと瞬く青い瞳は、まるで宝石のように眩い。
「さあて、続きの魔法をかけるわよォ。 なんてったって、アナタはチャーミングな淑女なんだから!」
くすりと微笑んだモモが、テーブルに置いてあったネイル一式から瓶を取り出す。
ローラは一つ頷くと、美しく磨かれた指先を差し出したのであった。
◆◆◆(おまけ)◆◆◆
「そういえば、先生は『ゲンジモノガタリ』だと誰がお好きなのですか?」
「アタシ? アタシは『オボロヅキヨ』が好きよ♡ ちょっとアタシに似てるでしょ?」
「……何となく、そんな気はしていました」




