ローラに出来ること
翌朝、ブロッサム伯爵家の家紋付きの馬車が別邸を訪れた。
それはローラの父であるブロッサム伯爵の来訪を意味しており、ローラは数週間ぶりに応接室で父と対面していた。
「お義母様はお元気ですか」
「……ああ、体調不良も大分治まって食欲も戻ってきた」
「それは、何よりです」
紅茶と茶菓子を囲みながらの世間話もそこそこに、本題に触れたのは父であった。
「……オスマンサス侯爵家での話は、既に聞いている」
「……申し訳ありません、私がもっと上手く立ち回れていたらこんな事には」
そっと手元に視線を落とす。
(幻滅されてしまったかしら)
理由はどうであれ、ローラがあの日のお茶会を台無しにしたのは明らかだ。
人づてに聞かされた父は、どう思ったであろうか。
「……っ」
父の顔が、恐ろしくて見ることができない。
俯いたままのローラに掛けられた声は、静かながらも暖かなものであった。
「ローラ、顔を上げなさい」
言われるがままに顔を上げれば、ローラと同じ青い瞳が優しく細められる。
「お前は人を助けようとしただけだ、気に病む事はない」
「お父様……」
「私は、何があろうと娘の味方だよ」
その言葉には、肉親としての温かみと、ブロッサム侯爵としての覚悟が窺えた。
「わ、私……きっと王太子妃候補から外されるわ。 ブロッサム家のお役にも立てなくなってしまいます」
これだけの悪評が立てば、王太子妃候補を外されたあとのローラに残された道は明るいものではない。
訪れる縁談は、難しいものになることはローラ自身にも解っていた。
「お前は何も危害を加えてはいない。 もしも王太子妃候補の辞退以外の処罰を王家から求められたら、私が断固として抗議しよう」
「そんな……」
「今までよく頑張ったと思う、セレモニーまでもう少し頑張ってくれるか?」
それは、母が存命であった幼い頃。
庭先で遊ぶ、一人娘であった己を見守ってくれていたあの瞳とよく似ていた。
「……はい、お父様」
少しだけ潤んだ瞳を手の甲で拭い、ローラは覚悟を決めたように頷いた。
◆◆◆
「なるほどォ、当日は伯爵とセレモニーに参加するのねン」
冷気を発する魔道具で空調管理された室内は、居心地が良い。
アフタヌーンティーのスコーンにたっぷりとクリームとジャムを塗りながら、モモは黒い瞳を瞬かせた。
「ええ、公の場だからエスコートは必要だろうって」
王太子のセレモニーでは、婚約者が決まっている令嬢はエスコートを付けるのが通例だ。
「本来ならオータムナル王太子殿下がするのが当たり前でしょうけれど……」
「期待は出来ないでしょうね」
キッパリと言い放つモモの、その清々しさに苦笑しか出てこない。
オスマンサス侯爵家に、王家の使いが頻繁に出入りしている事は耳にしている。
多分、オータムナル王太子がエスコートするのは、十中八九オスマンサス侯爵令嬢となったリコだ。
分かってはいるが、次期国王としてはどうなのだろうとティーカップを傾けたローラは眉間にしわを寄せた。
「……まあ一人で会場に行くよりかは、精神的に楽でしょ♪」
「確かに……お父様も一緒だと思うと少し心強いです」
驚くほど綺麗な所作でスコーンを食したモモがにんまりと自信に満ちた笑みを浮かべる
「アタシがエスコートに付けたら鬼に金棒なのにねン♡」
「なんですか、それは」
「強者が更に強い装備を得て無敵になることよ、アタシの世界のことわざよ」
「メアリーに腰痛薬みたいなものでしょうか」
「それ、メアリーに絶対言わない方が良いわよォ……」
近くにはメアリーは居ないのに、思わず小声で言葉を交わす。
それが可笑しくて、クスリと笑い声を零したローラが目を細めた。
「すみませんが、当日は王宮の厩舎で待っていてください」
「きらびやかなドレスで視線を独り占めしたかったけれど、仕方ないわねェ」
今回も、モモは身分の関係でパーティー会場には出入りできない。
心得てはいるようで、肩を竦めるモモにローラは静かに頷いた。
「国中の貴族が参加するなんて、さすがは王太子の誕生セレモニーね」
「今回はオータムナル王太子の成人のお祝いと、王太子妃のお披露目も兼ねておりますから」
「じゃあ、サンフラワー伯爵もいらっしゃるのね」
今回のセレモニーには、当然サンフラワー伯爵も呼ばれている筈だ。
それに伴い、まだ婚約者が決まっていないジョージも、出席することになるだろう。
「……そうですね」
昨日のジョージの顔が脳裏に浮かび、胸がざわつく。
ローラの心を知って知らずか、モモはティーカップを手に取った。
「ジョージ、最近は先輩の騎士について王城によく出入りしてるみたいよ」
「そうなんですか」
どうやらモモはいつも通りジョージと早朝のトレーニングで連絡は取っているようだ。
「彼は彼なりに考えてるみたいだから、そんなに思い詰めた顔をしなくても大丈夫よ」
意図的に遠ざけた、大切な幼馴染。
自分のために無茶だけはしてほしくない、そう願いながらローラは一つ頷いた。
「セレモニーまでのローラの仕事はただ一つ、ストレスなく伸び伸びと生活すること、よ!」
「……と、言いますと?」
僅かに眉を寄せるローラに、モモが笑みを崩さぬまま人差し指を振る。
「暗い顔をしていたらお化粧のノリも悪くなるし、損よ。 アナタの好きな事をして、過ごしましょ」
窓の外を見やれば、丹精込めて作った庭の美しい景色がローラの目を癒やす。
最近はその世話も殆ど心がこもってなかったことを、申し訳なく思った。
「……そうね、明日一日は庭いじりに精を出すわ」
「そうこなくっちゃ!」
「先生も手伝って下さい」
「いいわよォ、力仕事なら任せてちょうだい!」
いつしか当たり前となっていたこの教育係とのティータイムも、明日までしか出来ないのだ。
スリーティアーズから、蜂蜜をふんだんに使ったチーズケーキを皿に乗せる。
モモと過ごせる一日を大切にしよう、そう考えながらローラはケーキにフォークをいれるのであった。




