モモの正体
理解が追いつかない。
「せ、先生は学校の先生をしていたとお聞きしていたのですが」
「それも本当よ。 正確には、退魔師を育てる側面の有る学校の教師ってワケ」
「はあ……」
突飛な情報の連続に困惑するばかりだ。
空になったローラのカップにハーブティーを注ぎ、モモが続ける。
「『白鳥』は狡猾に隠れながら力を付けていた。 それこそアナタと同じ年の見習いのお嬢さんでは、歯が立たないくらいにね」
「それで、先生に依頼が来た……」
「そういうこと♡」
言わずとも答えは導き出せる。
固い顔のローラに向かって、モモはパチンと上手なウインクを決める。
「これでもアタシ、まあまあ実力は有るのよ。
夢を潜って『白鳥』と対峙して、あと一歩までは追い詰めた」
「……」
「でも、急に奇妙な歪みが空間内に発生してね、アイツもアタシもそこに吸い込まれたの」
多分、それはシーズニアの随所で発生していたものと同じものだろう。
その光景を思い出したのか、モモは僅かに苦い顔をした。
「アタシはスプリンダ領の山中に放り出されて……行く宛も無く彷徨っていたところをアナタのお祖父様に保護されたのは話したわね」
「はい……魔物に襲われていたお祖父様の馬車を、先生がお助けになったと」
ローラの祖父、ブロッサム前伯爵は数年前に最愛の妻を亡くしてから調子を崩している。
月に一回、領内に有る天然温泉に湯治に行くのを楽しみにしておりモモと出会ったのもその帰り道の事であったという。
「一週間ほどブロッサム邸の離れで世話になって、その間に出来る限りの情報を集めまくったわ」
「……そこで、『眠り姫病』の話を知ったのですね?」
ローラの言葉に、モモが静かに頷く。
「ええ、それが『白鳥』の仕業だと直感で分かったわ」
平穏な王都に、この国のものではない魔性が入り込んでいた。
その事実に薄ら寒いものを覚え、ローラはそっと自分の肩を抱いた。
「もしかして、王都中の薔薇に被害があったのも……」
「ヤツの仕業ね。 うら若い女の子も好きだけれど同じくらい薔薇の精気も好むのよ。」
「酷い……」
にわかに信じられない話であるが、モモの話は合点がいく。
ローラが、青ざめた顔をそっと上げる。
「先生が、来たのはその夢魔を倒すために……?」
ローラの言わんとしたことは、伝わったようだ。
モモはゆるりとカップに口をつけてから、ティーソーサーに優雅に戻した。
「……それも大きな理由だけれど、アタシがアナタの所に来たのは、アナタに会ってみたかったから」
「……え?」
黒曜石のような瞳が、懐かしそうに細められる。
「王太子妃候補として期待を受けて、懸命に頑張っているお嬢様。 ……何となく昔のアタシを思い出してね、顔を見たらそれは更に強くなったわ」
「先生と、ですか?」
目の前に居る教育係は、ローラとは似ても似つかぬ大輪の花のような生に溢れた人物だ。
「アタシも昔は内向的で、人の顔色を伺って親のレールに乗って生きてたの」
「そんなふうに、見えないわ……」
「んふ、ありがと♪ 頑張ってるアナタを見て、本当に勿体ないと思ったの」
「勿体ない……?」
「本当は素敵な女の子なのに、レッテルと先入観に押しつぶされそうになってるなんて。 少しでもアナタの力になれたら、そう思ったわ」
モモに出会った頃を思い返す。
あの時から、この教育係は何があってもローラの味方をしてくれていた。
「きっとアナタは素敵な淑女になるわ。 それは誰かにとって都合のいいものではなくて、アナタらしい、アナタのための理想の淑女にね」
「……っ」
「その姿を見てみたかったけど、もう時間が無いのが残念ね」
時は残酷だ。
モモに残された時間は、もう殆ど無いのだから。
「向こうの世界に、帰ってしまうのですね」
口に出すと、その重みは確かなものとなってローラの心にのしかかる。
困惑と寂しさに俯くローラに、モモは少し唇を引き結んだ後に静かにかぶりを振った。
「少し違うわね……このままだと、アタシはこの世界から消滅するわ」
「……は?」
告げられた真実が衝撃的すぎて、理解が追いついていないローラが掠れた声をあげた。




