シーズニアの眠れる脅威
暖かな湯気とともに、ハーブの爽やかな香りが室内に広がる。
「はぁい、熱いから気をつけて飲むのよォ」
長い指先でポットの持ち手を摘み、慣れた手つきでハーブティーを淹れたモモが、カップの一つをローラに差し出す。
「もう、身体は大丈夫なのですか?」
「ええ、少ししたら元に戻るみたいだから心配しなくても大丈夫よ」
「するなと言う方が難しいです」
大柄なその肉体が目の前で音もなく透けたのだ、心配するのも当然だ。
対面のソファに腰掛け、優雅にカップを持ち上げて口を付けたモモに習うようにローラもカップを傾ける。
少しの間の後、話を切り出したのはモモであった。
「結論から話すわね。 今、この国で起こっている一連の事件を起こしているのは、人ではないわ」
「……つまり、魔物ということでしょうか」
「少し違うわね、ソイツはアタシと同じ世界からやってきた『旅人』よ」
「……旅人、ですか?」
モモの他にも別の世界から招かれた者が居たというのか。
いつになく真剣な眼差しのモモが、再び口を開く。
「アタシの世界にも、人を害する魔性がいるの。 そいつは夢から夢を行き来して、その夢の宿主となる人間の精気……こちらの世界で言うと魔力になるのかしら? それを奪うの」
「……」
「そいつに魅入られた者は皆、最後は眠りから覚めなくなってしまう。 衰弱してそのまま肉体が死ぬことも有るのよ」
モモの語るものは、ローラも一瞬頭に過った事がある存在と似通っていた。
「……まるで、夢魔のようだわ」
「あら、この世界にも存在するのね」
「伝承だけで、実際に存在するかはあやふやですが」
モモが小さく頷く。
「アタシの世界では、『鳥』と呼ばれていたわ。 どんなに人の形を真似ていても、正体は鳥の形に似た化け物だからね」
ふと、サーマ領の港町で大鷲の魔物と対峙した時のモモの姿を思い出す。
(動じていなかったのは、似たような存在を知っていたからなのかしら……)
一口、ハーブティーで喉を潤したモモが続ける。
「ソイツは『白鳥』と呼ばれていて、美しいもの……とりわけ薔薇や年若い娘の魔力が好きなの。 ……随分慎重な奴で水面下で力を付けた分、被害もデカかった」
「まあ……」
モモの黒い瞳に、静かな怒りの焔が揺れている。
「……その、『白鳥』がなんでこの世界にきたと分かるの……?」
「王都に来てから、微弱だけれどアイツの気配を感じていたの。 ……宿主を乗り換えたりして巧妙に隠していたから場所を特定するのに時間を喰ったわ」
「宿主ってまさか」
嫌な予感が胸をよぎる。
そして、その予感はすぐに命中した。
「リコ・オスマンサス侯爵令嬢よ。
今日、オスマンサス家に行ってはっきりしたわ」
「そんな……どうして」
急に人が変わってしまった小柄な娘の事を思い返す。
誰よりも心優しく、純真だった彼女が何故。
動揺を隠せないローラに、モモはそっと瞳を伏せる。
「人は大なり小なり心に闇や欲を抱えるものよ。 そして、それを付け狙う存在が居るのもまた確か」
「……」
「最初は多分、オスマンサス侯爵夫人に寄生していた筈よ。 けれど、純真で穢れない彼女を見つけて標的を変えた……ってとこかしら」
彼女の悪意ある視線を思い出す。
もし、オスマンサス侯爵夫人からリコに乗り換えたのなら夫人は正気に戻ってもおかしくはないのではないか。
ローラの心中を読み取ったのか、モモの声は重々しい。
「オスマンサス侯爵夫人は、多分もうこの世には居ないわ」
「……!?」
「魂の髄まで吸い付くされたのだと思う、今夫人は肉体だけが生きてる操り人形よ」
「そんな……」
事態は最悪なほうへと向かいつつある。
ローラは今まで何度も投げかけてきた質問を、震えた唇でなんとか紡いだ。
今のモモならきっと、答えてくれるだろう。
「………先生は、いったい何者なんですか」
沈黙の後、夜闇のような深い黒の瞳がローラを射抜く。
「アタシの世界には、夢に潜って『鳥』を狩るのを生業とする『猫』という者が存在しているの」
その瞳は、まるで獣のように鋭く感じられた。
「魔を退ける者と書いて、退魔師。 アタシは、『白鳥』を追ってこの世界に来たのよ」




