とある令嬢の幸福な夢 sideイースター伯爵令嬢
リトナ・イースター伯爵令嬢が、ゲルダ・スノードロップ侯爵令嬢に出会ったのは十歳にも満たない頃であった。
ブルネットの髪に涼しげな緑の瞳、白い肌と血のように紅い唇はまさに白雪姫のよう。
一つ年上の彼女はひどく大人びており、氷のような冷たい美貌と産まれもっての気品でリトナ・イースターを圧倒し、魅了した。
(なんて美しい人なのかと思った、さすが名門スノードロップ公爵家だわ)
美しく利発なゲルダ様はどこに行っても注目の的であり、その立ち居振る舞いは貴婦人顔負けであった。
そんな彼女が、王太子妃候補に選ばれるのは当然のことだろう。
(やっぱりゲルダ様は特別な人間なのだわ!)
そして、父の口利きで彼女の『友人』として親しくできる自分もまた、特別な人間だと信じて疑わなかった。
リトナ・イースター伯爵令嬢が、フローラ・ローラ・ブロッサム伯爵令嬢と出会ったのはそれから少ししてからの事だ。
透き通るような白銀の髪に青い瞳、花の精霊の血を引いているというその髪には美しい春咲花が咲き誇る。
スプリンダ領の片田舎からやってきた彼女はゲルダとはまた違った、春の妖精のような可憐な娘であった。
(でも、所詮は見てくれだけね)
外見は春の妖精でも、ローラの中身は冷酷で世間知らずで傲慢であった。
あの冷静で偉大なゲルダ・スノードロップ公爵令嬢が、初対面の際に彼女と言い争いになったというのだからどうしようもない。
(ちょっと珍しい魔法が使えるくらいで王太子妃候補になれるだなんて、私たちに失礼だと思わないのかしら)
そんな訳で、リトナ・イースターはローラを嫌っていた。
――ゲルダ様が嫌っているのだから、ゲルダの敵なのだから。
そう理由をつけて積極的に噂を広めていった。
次第に孤立し、『風花令嬢』と噂されるローラの後ろ姿を見ると、ひどく愉快な気持ちになった。
(私のことをバカにするからよ)
澄ました様子も、ズバズバと正論を臆面もなく披露する姿も気にくわない。
惜しげもなく珍しい魔法を使い、「これくらい出来て当然でしょう」とばかりに魔法を使えない自分を小馬鹿にするような目で見るのが、無性に腹が立った。
(私たちに楯突くからこうなるのよ)
令嬢たちのコミュニティで頂点に立つ『氷雪の薔薇』とそれを支える自分。
そして、一人のけ者にされる『風花令嬢』。
それが、正義であり当然なのだと疑わなかった。
しかし、それは他でもないゲルダの裏切りにより崩された。
◆◆◆
リトナ・イースター伯爵令嬢が、目の前の聖女と出会ったのは今年の春だ。
茶色の髪にくりくりとした榛色の瞳、守ってあげたくなるような小柄な少女。
オスマンサス侯爵家に養女として迎え入れられた彼女は、ゲストハウスに搬送された自分を心配して様子を見に来てくれたのだ。
「具合はどう? 本当に倒れた時は驚いたわ」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません、リコ様。 あまりの怒りに興奮しすぎてしまいましたわ」
最初は、ただの平民上がりだと思っていた。
ゲルダ様の婚約者となられる『筈』の王太子に近付き、寵愛を得る泥棒猫。
おとなしい顔をして、とんでもない女だと思ったものだ。
聖女の話題になると気難しい顔をしていたゲルダ様の心労たるや!
それを思えば、泥棒猫を排除する手にも力が入った。
そんな親友であり寵臣である自分を、あろうことかゲルダ様は切り捨てたのだ。
他の令嬢たちはこそこそと離れ、イースター伯爵家の事業も我先にと手を引かれてしまった。
そんな悲劇のヒロインであるリトナ・イースター伯爵令嬢に手を差し伸べてくれたのが泥棒猫改め聖女リコであった。
家もオスマンサス侯爵家に保護され、社交場にも復活することができた。
(リコ様は良い人だわ! ゲルダ様とは大違い!)
当のゲルダ様はあの鼻持ちならない『風花令嬢』と懇意にした結果『眠り姫病』の魔の手に堕ちた。
周りの令嬢達は恐ろしがっていたが、忠心なる友を裏切った罰が当たったとしか思えなかった。
(『眠り姫病』は回復した者がいない不治の病、ゲルダ様の天下もおしまいね)
現に、令嬢たちはあんなに見下していたリコ・オスマンサス侯爵令嬢に媚を売り始めている。
なんとも浅ましい、自分はあんな令嬢達とは違うのだ。
それを証明するため、このお茶会で大芝居を打ったのだ。
「これでブロッサム伯爵令嬢もおしまいですよ。 良くて婚約破棄、もしかしたら修道院行きかもですね、きゃはは!」
「そんな恐ろしい事を言わないでください」
悲しげに眉をひそめるリコ様は、本当に優しいお方だ。
最初この計画を話した時も悲しそうにしていたのだ、それではこの世界ではやっていけない。
リコ様は純粋な方だ、自分がやらねばいけないのだ。
「リコ様、私に感謝してくださいね!」
リコ様の手を握りしめ、満面の笑顔でそう伝えると、彼女はその手を握り返してくれる。
「ええ、貴女は素晴らしい『お友達』だわ。 これで、私は王太子妃になれる」
――その笑みが、一瞬邪なものに見えたような気がした。
「今日は疲れただろう」と一晩ゲストハウスでの滞在を許してくれたリコ様に別れを告げ、もう一度ベッドに転がる。
「ふふ……ふふふふ」
天井を眺めながら、笑いが溢れるのを止められない。
ゲルダ様もブロッサム伯爵令嬢も王太子妃候補から間もなく外される筈だ。
そうなれば、リコ様の言う通り彼女が王太子妃に選ばれるだろう。
(そうすれば、私は王太子妃の、ゆくゆくは王妃の親友になれるわ!)
そうなれば、イースター伯爵家にも箔がつく。
自分のことを『性根が曲がっている』と嘆いていた父や母も、見下してくる弟も見直してくれる筈だ。
(私は有能なんだから、お付きの女官にしてもらえるかもしれない、きっとそうよ!)
リコ様は純粋な方だから周りから嫉妬や蔑みの目で見られるかもしれない、それを傍でお守りできるのはきっと自分だけだ。
そうなったら、有能な自分を嫁にもらいたいと素敵な殿方からの求愛が殺到するだろう。
ゲルダ様やブロッサム伯爵令嬢の、悔しがる顔が見物だ。
「ふあぁ……」
夢想していると、本当に睡魔がやってきた。
想像以上に疲れているようだ、そっと瞳を閉じれば夢の世界はすぐそこだ。
遠くで、何かが羽ばたく音が聞こえる。
それを最後に、意識はぷつりと途切れた。




