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別れへのカウントダウン

 邸に戻ったローラを訪ねて、客人がやってきたのはその日の夕暮れの事であった。


 「おう、酷え面だな」


 「……失礼ね」


 通された応接室には、ジョージが待っていた。

 見回りの途中のようで、腰にはサーベルを差している。


 「お見舞いの品、ありがとう」


 「塩蜂蜜クッキー(いつもの)で悪いな」


 どうやら、励ましに来てくれたようだ。

 ニカッと歯を見せて笑う悪童のような様子に、ローラの沈んでいた気持ちが少しだけ上向いた。


 「話はもう聞いてるの?」


 「……ああ。 相手のお嬢様、目覚めてないんだってな」


 「そこまで話が広まってるのね」


 あの後、ゲストハウスに運ばれたイースター伯爵令嬢は一度目を覚ましたが再び眠りに堕ち、目覚めなくなってしまったらしい。

 メアリー伝手にその話を聞き、あまりにも出来すぎた展開に頭を抱えていたところであった。


 「きっと、私がイースター伯爵令嬢を害したと思われたでしょうね」


 状況的に見ても、ローラが一番疑わしいのは間違いない。

 噂の範囲は既に、令嬢や夫人たちの世間話を超えた。


 「もしかしたら、王太子妃候補を降ろされるか……下手をすれば何かしらの罪に問われるかもしれないわね」


 「そんな……ローラがやったって証拠も無いだろ?」


 「噂がもう出回ってるのよ、疑わしい要素があればそれは真実になるわ」


 そのほうが、オスマンサス侯爵夫人には都合が良いのだろう。

 ジョージが苦々しく顔をしかめる。


 「お前にそんな利己的な魔法の使い方はできないなんて、一目見りゃ分かるだろうが……!」


 「ジョージ……」


 「周りが何を言おうが俺はお前の味方だからな、捕まりそうになったらお前を攫って逃げてやる!」


 自分の事のように怒ってくれる幼馴染は、やはり優しい。

 きっと、言葉の通りオスマンサス侯爵家を敵に回してでもローラの味方をしてくれるだろう。

 だからこそ、甘えてはいけないのだ。


 「私に、もう関わったら駄目」


 「……ローラ?」


 何を言ったのかわからない、とばかりにジョージが瞬く。

 続けた言葉は、自分のものとは思えないほど冷たい声をしていた。


 「今はまだ、王太子妃候補よ。

 誰が聞いてるかも分からないのに、軽々しくそんな事を言わないでちょうだい」


 「お前、何言って……」


 戸惑うジョージの空色の瞳は、澄んでいて綺麗だ。

 心のどこかでそんな場違いな事を思いながら、ローラは強張った顔を歪めるように笑みを作った。


 「貴方は素晴らしい騎士になるのでしょう? 私に構わずしっかり励みなさい」 


 一週間前のお茶会でのゲルダの言葉が過ぎる。

 優しくて、頼もしいこの大切な幼馴染が悪意に晒される事だけは、どうしても避けたかった。

 悔しそうに唇を噛んだジョージが、少しの沈黙の後に重い腰を上げる。


 「……そうかよ、邪魔したな」


 「ええ、ご機嫌よう」


 応接室を去ってゆく背中に事務的な言葉を掛けて見送る。

 扉が閉まるのを確認し、ローラは深く息を吐いた。


 (泣いたら駄目、淑女たるもの感情は表に出さないわ)


 ドレスの裾を握りしめ、俯いたままティーカップのすっかり冷めた紅茶を睨みつける。

 そうしないと、この胸が張り裂けそうな悲しみが瞳から溢れそうだった。


 ◆◆◆


 ふと、目を覚ましたのは深夜のことだった。

 就寝時間にはなったものの、あまりの気の重さに眠れずベッドに横になっていたところまでは覚えている。

 どうやら、知らないうちに眠っていたようだ。


 「まだ、夜中みたいね……」


 その声は枯れ木のようにかすれており、ローラはそっと喉を撫でる。

 ベッドサイドに置いてある、カンテラに似た魔道具に微細な魔力を流せばほんわりと明かりが灯る。

 水を欲する重たい身体を動かし、台所へと向かう。

 メアリーや、他の住み込みの使用人達ももう寝静まっているようだ。


 (……あれは?)


 ふと、窓の外に人影を見つける。

 長身のそれは、教育係のものであった。


 「先生?」


 また酒場でお酒でも飲んでいたのだろうか、本当に元気な人だ。

 風に靡く黒髪が揺れるその後ろ姿から視線を外そうとしたローラは、その刹那息を飲んだ。


 (身体が、透けて……!?)


 すう、と足元からゆっくりとモモの肉体が薄れてゆく。

 身体越しに、夜景が透けて見えているほどだ。


 「っ……先生!」


 こみ上げたのは、紛れもなく喪失への恐怖だった。

 思わず近くの扉から、庭へと飛び出したローラの血相を変えた顔に、驚いたモモが振り返る。


 「ローラ……っ」


 「先生、居なくなったら嫌です!」


 モモの腕を掴もうとするが、掴めない。

 空を切った腕を愕然と見下ろし、ローラはその場に座り込む。


 「……もう、隠しきれなさそうね」


 モモは困ったような、悲しむようなそんな表情を浮かべる。

 そうして、音もなく膝を着くとローラに視線を合わせたモモは、いつに無く真剣な顔でこう告げた。


 「聞いて、ローラ。 ――もう、アタシには時間が残されてないの」


 教育係(モモ)との別れが、近づこうとしていた。

この後間話を2つ挟んで6章『迫りくる断罪セレモニー』が始まります。


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