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謂れなき糾弾

 リコの悲鳴が聞こえたのはその直後であった。


 「ふざけないでちょうだい!」


 けたたましい金切り声と共に、揉み合う令嬢二人にローラを含めた周囲の視線は一気に向かう。

 嫌がるリコの肩をつかみ、がなり立てているのは巻き毛の令嬢……イースター伯爵令嬢だ。


 「嫌だわ、あの方ったらオスマンサス侯爵令嬢に……」


 「本当に下品な方だわ」


 確か、彼女はゲルダのお茶会後に令嬢達のコミュニティから弾かれていた筈だ。


 (原因は自分なのに、彼女に当たってもどうにもならないじゃない)


 扇子の影で眉をひそめてささやき合う令嬢たちと、ローラも同意見だ。


 「このような場で、おやめなさい」


 「なによ、ゲルダ様の真似なんかして。 猿真似したってアンタは所詮(しょせん)平民なのよ!」


 「今の私はオスマンサス侯爵家の人間です、身の程を弁えなさい!」


 勇気を振り絞ったのだろう、リコにしてはきつい言い方だ。

 そしてその言葉は正論であり、刃物にもなる。

 図星をつかれたイースター伯爵令嬢の顔が、一瞬にして真っ赤になった。


 「このっ……薄汚い平民がァ!」


 「ひぃっ……!?」


 茶色の髪を引っ張り、思い切り腕を振り上げる。

 周りの令嬢が悲鳴と、リコが悲鳴を上げながら反射的にイースター伯爵令嬢を突き飛ばしたのは同時であった。


 (いけない)


 ドレスの重みも手伝い、細い身体はバランスを大きく崩す。

 後ろは、水が噴き上がる大噴水だ。

 このままではイースター伯爵令嬢は水浸しになってしまう。

 目の前がスローモーションに映る中、ローラの判断は速かった。


 「――きゃあっ!」


 手を翳すと同時に足元の草からネバツルソウの蔦がものすごい勢いで急成長し、イースター伯爵令嬢の身体に絡みつく。

 そのまま横に倒すように引き寄せれば、小柄な身体はいとも簡単に芝生の上に倒れ伏した。


 「……」


 周りは、息を飲んで成り行きを見守っている。

 ただ一人、オスマンサス侯爵夫人だけは扇子で口元を隠したまま目を細めていた。


 「大丈夫ですか? オスマンサス侯爵令嬢、イースター伯爵令嬢」


 おろおろと榛色の瞳を困惑に曇らせるリコに一瞥を送り、ローラは努めて冷静にイースター伯爵令嬢に手を差し伸べる。


 「あ……」


 俯いたままのイースター伯爵令嬢はふるふると震えたまま、自分の体を抱き締めたままだ。

 何処か痛めただろうか、ゆるりと首を傾げるローラを襲ったのは、怒声であった。


 「貴女、私に何をしましたの!?」


 顔を真っ赤にしたその瞳には、怒りと共に恐れが浮かんでいる。


 「貴女が噴水に落ちそうだったので助けただけです」


 「嘘おっしゃい、私をこの場に引きずり倒して汚して恥をかかせるつもりだったのでしょう!?」


 「貴女じゃあるまいし、そんなことをする利は有りません」


 思わずそのまま言葉に出してしまったのが不味かったのだろうか、激昂した彼女は止まらない。


 「ドレスが汚れてしまったわ! あの時の仕返しのつもり!?」


 「いえ、ですから……」


 ふと、令嬢の動きが緩慢になる。

 怒りで赤らんでいた顔が、血の気が引いて真っ青だ。


 「力が、入らない……」


 「え?」


 彼女は何を言っているのだろうか?

 戸惑うローラに、青ざめた顔のイースター伯爵令嬢は戦慄く声で糾弾を続けた。


 「貴女の蔦が体を巻いた瞬間、身体に力が入らなくなったわ。 貴女、まさか……」


 周りが明らかにざわつき始める。

 思わず周りを見渡せばどの令嬢も顔を強張らせ、ローラから一歩離れてゆく。


 「この、この『魔女』め! ゲルダ様を、返せ……!」


 最後の力を振り絞るように、鳥が絞め殺されるような掠れた声で絶叫した令嬢が、力なくその場に倒れ伏す。


 「イースター伯爵令嬢!?」


 「誰か、医師を呼んでちょうだい!」


 令嬢が悲鳴をあげ、周りの夫人たちが青ざめた顔で執事に命令を飛ばす。

 こちらに向けられる疑惑と非難の目は、今までで一番冷たいものであった。

 呆然と立ち尽くすローラを眺めていたオスマンサス侯爵夫人は溜息をついた後、扇子をぱちりと閉じた。


 「これではお茶会は続けられそうにありませんわね、リコさんこちらにいらっしゃい」


 オスマンサス侯爵夫人に呼び寄せられたリコは、不安そうな顔でローラをちらりと見やる。

 そうして、そっとその視線を外した。


 「ローラ……」


 スノーホリィ侯爵令嬢と、王妃の心配そうな視線すらも今は恐ろしい。

 かつてない針の筵のような空気の中、ローラは口を噤んだまま立ち尽くすばかりであった。


◆◆◆


 帰りの馬車の空気は、行きの時よりも更に重苦しいものとなった。

 ローラからぽつぽつとお茶会での事件を聞いたモモが、苦々しそうに眉根を寄せた。


 「やっぱり、仕掛けてきたわね……」


 「……」


 「多分、イースター伯爵令嬢とオスマンサス家は繋がってると見ていいわ」


 「そんな……」


 オスマンサス侯爵夫人からは煙たがれていたことはわかっていたが、明確に悪意を向けられている事が分かった今、恐怖で身が震える。


 「そこまでして、王太子妃候補(わたし)を蹴落としたいのね」


 今日のお茶会で『ローラ=魔女』という印象は根付いてしまっただろう。

 ゲルダが病に倒れた今、全てはオスマンサス侯爵家の都合のいい方へと動きつつあった。


 (あのリコさんも、私を蹴落としてまで王太子妃に……?)


 ふと、小さな背中が脳裏に浮かぶ。

 一週間のうちにすっかり変わってしまった聖女(リコ)もまた、ローラの破滅を願っているのだろうか。


 「……きっと、利害が一致してるのでしょうね」


 バッグからミルクティーの入ったカップと塩蜂蜜クッキーを乗せた皿を出したモモが、それをローラに差し出した。


 「蜂蜜たっぷりのミルクティーよ、今は何も考えずにそれ飲んでなさい」


 「先生……」


 「アナタはこんな時にも泣かないのね……」


 「……」


 それが、淑女の嗜みだからと言い返す気力はなかった。

 差し出されたカップと皿を受け取り、力なくミルクティーをすする。

 甘いはずのミルクティーは、どこかぼやけた味に思えた。

 モモが、オスマンサス侯爵邸の方角をじっと睨みつける。


 「……大丈夫、アタシが絶対アナタを『魔女』になんてさせないわ」


 その眼光は、まるで獲物を探し出した猫のように鋭く思えた。


昨日の夜は更新出来ず申し訳ありません(投稿ストックが切れておりました)

今日からは1日2回更新していきます、良ければお読みください。

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