リコ・オスマンサス侯爵令嬢
「ブロッサム伯爵令嬢」
お披露目の後、リコが真っ先に声を掛けたのはローラであった。
「ごきげんよう、……オスマンサス侯爵令嬢」
「今日は、私のためにお越しいただきありがとうございます」
背筋を伸ばし、羽根飾りの付いた扇子を片手に持ったリコが穏やかに微笑む。
そこに、一週間前のおどおどとした平民上がりの令嬢の面影はどこにもない。
(まるで、別人のようだわ)
幼さの残るあどけない顔を見つめながら、ローラは卒なく祝いの言葉を贈る。
「これからは同じ『王太子妃候補』として仲良くしましょうね、ブロッサム伯爵令嬢」
「……そうですね、よろしくお願いします」
「ああ、以前のように貴女からも話しかけて頂いて大丈夫ですからね、同じ王太子妃候補なのですから」
「……お気遣い、感謝致します」
ローラは伯爵令嬢だ。
養女とはいえ、侯爵令嬢であるリコの方が位が高い。
リコの許可が無ければローラは声をかけることも出来なくなっていただろう。
リコはおっとりと目を細めると、慣れた手つきでドレスの裾を翻した。
「それではこちらで失礼しますね、……今日はお声掛けをしなければならない方が多くいらっしゃいますので」
「……ではまた、後程」
滑るように去りゆくリコの背中は、まるで知らない人間のようだ。
高位の貴族令嬢の仲間入りをしたのだ、この一週間で並々ならぬ努力を重ねたのだろう。
(にしても、こんなに変わるものなのかしら)
まるで、ゲルダの立ち居振る舞いを見ているかのようだった。
得体のしれない不安が募るが、その不安を言葉にする術をローラは持たない。
「……ブロッサム伯爵令嬢」
静かに名を呼ばれ、振り返るとそこには先日の茶会でご一緒したスノーホリィ侯爵令嬢の姿があった。
「ごきげんよう、スノーホリィ侯爵令嬢」
「先日は美味しい蜂蜜をありがとうございました」
「気に入っていただけたようで何よりです」
あの後伝手を伝って届けさせた蜂蜜をお気に召してくれたようだ、にこやかに礼を述べる令嬢に、ローラは心配そうに目を細めた。
「……ゲルダ様の容体は、どうなのですか?」
「あまり……良いとは言えないわね」
ゲルダの遠縁に当たるスノーホリィ侯爵令嬢も、彼女の事が心配なのだろう。
レースの手袋に包まれた手を組みながら、案ずるようにスノードロップ公爵家の方角を見やっている。
「私は貴女も心配ですわ、心無い噂に晒されて可哀想に」
「スノーホリィ侯爵令嬢……」
ゲルダが『眠り姫病』に倒れてから、ある一つの噂が出回った。
――同じ王太子妃候補を消すためにローラがゲルダを呪った、と。
現に、ブロッサム邸のお茶会に呼ばれたその夜にゲルダは倒れている。
信憑性は、無いわけではない。
「……噂話は、私の耳にも入っています」
そこから尾ひれが付いていくのは早かった。
『眠り姫病』になった年若い女官も、前日に風花令嬢と話をしていた。
王妃様の伝手で、風花令嬢が薔薇の様子を見に行った伯爵令嬢も数日後に『眠り姫病』になっている。
ローラは今、貴族達の間で最も疑わしく思われている令嬢であることは間違いないだろう。
「本当は、あの方の代わりに貴女の味方をしてあげたかったのだけど、王太子のセレモニーの後王都を経たなければいけなくなってしまったの」
「まあ……」
「ごめんなさい、父の命だから逆らえなくて」
原因不明の病が蔓延してる今、年頃の令嬢達を地方の実家や別荘などに呼び寄せて保護しようとする貴族達も多い。
それほどまでに、事態は深刻になりつつあった。
「……寂しくなりますね」
「ブロッサム伯爵令嬢……」
静かにつぶやいたのは、本音であった。
しかしローラはゆるりと首を振り、凛とした声で言葉を返す。
「私は大丈夫です、どうかご自身の心配をしてください」
スノーホリィ侯爵令嬢は、薄紅を差した唇を持ち上げて小さく微笑む。
「やはり貴女は優しい方ね、私は貴女のこと好きですよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
「ふふふ」
面と向かって好意を言われる機会などほとんどなく、ローラは僅かに赤らんだ頬をそっと扇子で隠す。
おっとりとした様子でブルネットの髪を揺らしたスノーホリィ侯爵令嬢は、名残を惜しむようにローラに言葉を贈った。
「どうかお元気で、ブロッサム伯爵令嬢」
「そちらもお元気で……スノーホリィ侯爵令嬢」
軽やかに翻されるドレスの裾を見送りながら、ローラは静かに目を細める。
また一歩、ローラの孤立が進むのであった。




