新たな王太子妃候補
王城に近くに位置する、広大な敷地内に在るオスマンサス邸は、格式高いスノードロップ邸とはまた違った豪華さを誇示した場所だ。
案内された中庭には大きな噴水が設置されており、視覚的な涼やかさを与えている。
(魔法で動いているのね)
よく見ると水色の魔宝石が支柱となる大理石に組み込まれており、清涼な水がいつでも循環するように出来ているようだ。
手間も費用も掛かっていることが窺えた。
「まあ、ブロッサム伯爵令嬢」
ローラに声を掛けたのはこの催しの主であるオスマンサス侯爵夫人だ。
隣には、客人として招かれたであろうシーズニア王妃殿下の姿もある。
「元気そうで何よりだわ」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「大変でしょうけど、今日は是非楽しんでいらしてね」
扇子の向こうで細められる瞳は、人懐っこさの裏側に粘ついた悪意を感じられる。
周りで談笑していた令嬢や婦人たちの視線が一気に突き刺さる。
「まあ、よく来る事が出来ましたわね」
「お気の毒に」
それは、これからローラに起こりうるであろう受難を面白おかしく見物しようとする好奇心の目が半分。
「スノードロップ公爵令嬢が眠りにつかれた日は、ブロッサム伯爵令嬢の家に呼ばれていたらしくてよ……」
「まあ、まさか……」
「スノードロップ公爵夫人も憔悴してお茶会に出られない状況らしいわ……」
そして、畏怖の目が半分だ。
善意のないその視線を一身に受けながらも、ローラは背筋を伸ばして凛と佇んでいた。
「ごきげんよう、ローラ」
黄色のドレスに身を包んだ王妃が、少しだけローラを案ずるように眉尻を下げた後、取り繕うように微笑む。
「……王妃様にご挨拶を」
「少し痩せたわね、きちんと食事は摂っていますか?」
「……はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
王妃の手が、ローラの手をそっと取る。
その目は、娘を心配する母のようにも見えた。
「わたくしは、貴女を信じていますよ」
穏やかなオレンジの瞳が細められる。
それは、純粋な好意であろうがその裏に憐憫の情も見て取れた。
「……お気遣い、感謝致します」
その様子を眺めていたオスマンサス侯爵夫人が軽い咳払いの後、場を仕切るように扇子を閉じて掌を叩いた。
「さあ、皆様。 本日の主役を紹介させていただきますわ!」
高らかなその声とともに、執事にエスコートをされながら一人の令嬢がしずしずと中庭に現れた。
何処かの令嬢の感嘆の声が、後ろから聞こえる。
可憐な金の刺繍が入ったベージュのドレスをブラウンのリボンで引き締め、髪を緩く巻いたリコは、堂々とした様子だ。
「あたくしの娘となりました、リコですわ。 『王太子妃候補』にも選出予定ですの」
胸元や耳元にはきらりと血のように紅い、高純度の魔宝石が揺れている。
薄く紅を引いた唇を艶然と吊り上げ、彼女はドレスの裾を持ち上げ見事なカーテシーを取った。
「この度オスマンサス侯爵家に入ることになりました、リコ・オスマンサスと申します。 どうぞ、宜しくお願いいたしますわ」
一週間前とは雲泥の差の、リコの立ち居振る舞いにローラの背筋がぞくりと粟立つ。
(まるで、ゲルダ様のようだわ……)
こうして、新たな『王太子妃候補』が誕生したのであった。




