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眠れる森の白雪姫

 あの夢のような茶会から一週間が経った。

 

 ゲルダは未だに眠りから覚めず、今も昏睡状態が続いているのだという。

 舞い上がるような高揚感は嘘のようになりを潜め、ローラは沈痛な面持ちで鏡台の前に座っている。


 「まだ、目覚めないらしいわね」


 「……ええ、そうみたいですね」


 鏡の中には、自分とモモの姿だけがある。

 ローラのさらさらとした白銀の髪に、丁寧にブラシを入れながらモモはローラを気遣うようにそっと微笑む。


 「面会を断られたのはローラだけじゃないわ、あまり気に病まなくても良いのよ」


 「……私、ゲルダ様に何もしてあげられなかったわ」


 ゲルダの身に起こった悲劇を知ったローラは、見舞いの花と共に見舞いに伺いたい旨を手紙にしたためて送った。

 しかし、スノードロップ公爵家からは「状態が良くないので」という理由で断られてしまったのである。


 「大丈夫よ、あの子は強い子だから病魔なんて氷漬けにしちゃうわ」


 「……」


 思い浮かぶのは、茶会でのゲルダの生き生きとした顔だ。

 いつもの『氷雪の薔薇』としての仮面を、あのときは外してくれたのだと、ローラは思っている。

 だからこそ、それが失われようとしている事が、恐ろしくて仕方なかったのである。


 「一連の『眠り姫病』の噂は先生もご存知ですよね」


 鏡の中のモモが、難しい顔をする。


 「……ローラが言ってるのは、魔女の噂かしら?」 


 名門であるスノードロップ家の令嬢が倒れた事により、王都は更なる不安が立ち昇りつつあった。

 そんな中で、令嬢の魔力や精気を吸い取る『魔女』の存在がまことしやかに噂されるようになったのはつい最近の話だ。


 「……私が、この一連の犯人だと言っている方も居るみたい」


 伏目がちに囁くその声は、僅かに震えている。

 モモは、気丈に振る舞う教え子(ローラ)の肩にそっと手を置いた。


 「大丈夫、アナタは魔女じゃない。 アタシが保証するわ」


 「先生」


 「人の噂なんてすぐに過ぎ去るわよ。 ……さあ、折角可愛くお洒落したのだから胸を張って笑いましょう!」


 鏡の向こうには、モモの手により美しく化粧を施された娘がこちらを見ている。

 鏡に向かってモモが軽く身を乗り出すと、その豊満な胸元が谷間を作る。

 殿方でも胸部が豊かだとそうなるのだと、ローラはモモと出会ってから初めて知った。


 「おしとやかな笑顔は鎧になるし、可愛い笑顔は武器になるものよ。 さあスマイル、スマイル♪」


 つられるように笑みを浮かべるローラの顔は、どこかぎこちない。

 それでも、おどけた様子でにっかりと笑みを浮かべるモモの、その底抜けの明るさに少しだけ救われたような気がした。


◆◆◆


 メアリーに見送られながら馬車に乗ったローラは、モモの出してくれたティーカップを片手に、小さな窓から街の様子を眺める。

 午前中だけあり活気は多いが、貴族の令嬢が出歩く姿はめっきり減ってしまったように思える。


 「……あっ」


 男の小さな声に、揺蕩っていた意識が引き戻される。

 どうやら対面に座るモモが、クッキーを取り落としたようだ。


 「やだごめんなさァい、うっかりしちゃった♪」


 「……気をつけてくださいね」


 こつんと頭を叩きつつ舌をぺろりと出すモモに、呆れたような視線を送る。


 「んふ、もしかしたら大きなお茶会だから緊張しちゃってるのかも♪」


 「分かってると思いますが先生は会場には入れませんよ」


 「んもぅ、分かってるわよ!」


 「それなら何よりです」


 取り落としたクッキーをバッグに仕舞いながら、モモは大げさに肩を竦める。

 思えばここ最近、モモは何かを取り落とす事が増えた気がする。


 「しかし、オスマンサス侯爵夫人の突発的なお茶会ねェ……。 王太子の誕生セレモニーも近いのにねじ込んでくるなんて、どうしてもお披露目したいものがあるみたいね」


 奇妙なものを感じながらも、モモの言葉に意識はそちらに向いていく。


 「多分、パンプキンス男爵令嬢の事でしょうね」


 彼女がオスマンサス侯爵家の養女に迎えられた話は既に貴族の間でも出回っているようだ。

 夫人たちや令嬢たちを集めたのは、王太子に嫁がせることができる『オスマンサス家の娘』のお披露目と、牽制のためだろう。


 「ゲルダ様の分まで、しっかり参加してきます」


 今着ているアプリコットカラーのドレスは、お茶会に着ていく予定のものではない。

 しかし、ゲルダが好きな色を纏うことで、今もまだ眠りについている彼女と共に在れるような、そんな気がするのだ。 


 「ゲルダが倒れた今、オスマンサス侯爵家はアナタを排除したがってる可能性が高いわ。 何かあったらすぐに駆けつけるけれど、気をつけるのよ」


 「はい……どこに『魔女』なる存在がいるか分からないですからね」


 うら若い乙女ばかりを狙う謎の存在にも、注意は必要だ。


 「……精気を吸うのは、正しいわね」


 モモの表情が、僅かに険しさを見せる。

 緊迫した空気の中、ブロッサム家の紋章をつけた馬車は優雅に目的地へと向かうのであった。

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