幸福な時間
「ゲルダ様の『夢』はありますか?」
ローラの静かな問いに、ゲルダはふむと考える素振りを見せる。
「……そうね、あるわ。 何だと思う?」
「王太子妃、ではないですね」
薄い唇が満足そうに持ち上げられる。
「ええ、わたくしにとって『王太子妃』は通過点にすぎませんもの」
「じゃあ、王妃になることかしらン?」
「うふふ、外れですわセンセイ。 それは『義務』でしてよ」
羽毛飾りの付いた扇子をぴしりとモモに向け、ゲルダは悪戯げに目を細める。
「あ〜ん、先生間違えちゃったわ♡」
「わたくしには、わざと間違えたように見えましたけれどね」
アプリコットの指先で扇子を撫でてから、ゲルダは続けた。
「わたくし、お商売に興味がありますの」
「そうだったのですか」
「先日茶会に居たスノーホリィ侯爵令嬢を覚えていまして? 彼女はわたくしの遠縁に当たりまして、彼女の助言で室内冷却装置を考案しましたのよ」
思い出すのは、ローラの対面に座っていたお喋りが大好きな令嬢の姿だ。
ローラのマニキュアに商売価値を見いだしたりと、中々やり手のようだ。
「装置の設計を作った時の楽しさを思い出すと……自らの店を持つのも、良いなと思ってね」
瞬く緑の瞳は、夢を語っているためか輝きを帯びていて綺麗だ。
「……確かに、ゲルダ様なら王妃としての仕事をこなしながら、自らの商店を持つことも出来そうですね」
「でしょう? まあ、あの王太子殿下がうるさそうだけれど、いくらでも丸め込めますわ」
「あっちも後ろめたいことしてるんだから、それくらい目をつぶってくれるわよォ」
「……ほどほどにしてくださいね」
王家に対して不遜な態度も、ゲルダの今までの功績だからこそ出来るのだろう。
『王太子』との婚約に、ゲルダもローラも愛は一切ない。
特に身分がずっと下の聖女に入れ上げて、蔑ろにされているゲルダにオータムナル王太子を愛する要素があるほうが不思議だ。
「……夢、かぁ」
己の手元に視線を落とすと、今日のために塗り直したネイルで華やいだ指先が目に入る。
その様子を眺めていたゲルダが、扇子でぽんと掌を叩いた。
「ローラはマッサージやネイルが上手なのだから、それを活かしたらどうかしら?」
「え?」
ゲルダの提案に、納得がいったようにモモは口元に指先を触れさせる。
「あら、いいじゃない。 アタシの世界にもネイルサロンって一対一でマッサージやネイルを施す仕事があるのよ」
「そ、そうなんですね」
突然、目の前に現れた『道』にドギマギしながらローラは頷く。
(人見知りで口下手な私でも、そんなこと出来るのかしら)
不安は、もちろんある。
けれど、その『可能性』は王太子妃になるよりも俄然、面白そうに思えた。
「素敵じゃない、もし貴女がサロンを始めたら真っ先に利用させてもらうわ」
「……その、ネイルの新作や、飾りなんかも実は考えていて……」
「まあ、素敵。 今度じっくり聞きたいわ」
「……また、お越しいただけますか?」
「ええ、勿論よ。 その時は、貴女の騎士様のお話も聞きたいわね」
不意に飛び出た単語に、ローラが首を傾げる。
「騎士様?」
「ジョージ・サンフラワー伯爵令息よ、この間二人でサーマ領に小旅行に出かけたのでしょう?」
「ええ、先生も一緒ですけれど」
ちらりとモモを見上げれば、肯定するようにモモが頷く。
ゲルダは少し考えた後に扇子を広げて口元を隠した。
「……貴族達の間で、貴女とサンフラワー伯爵令息の仲が疑われ始めているわ。 もし彼と関係を続けるなら考えておやりなさいな」
突然の話に、ローラは顔を真っ青にしながら首を振る。
「そんな、私たちはただの幼馴染で……」
「噂話は中々恐ろしいわよ。 特にオスマンサス侯爵夫人はわたくしや貴方を潰す機会を虎視眈々と狙っているわ、気をつけなさい」
「……」
この国では、男の不貞はそこまで罪に問われないが、女の……しかも婚前の令嬢のそれは洒落にならない事態になる事が多い。
下手をしたら婚約破棄の材料に使われかねない、その事実を肌で感じ、ローラはこくりと唾を飲み込んだ。
「……でも、わたくしは不誠実な方よりも想い合っている誠実な方を選ぶほうが良いと思いますけれどね」
「じ、ジョージとはそんな関係では」
「あら、そうなの。 彼、最近注目され始めているのに誰とも婚約を結ばないから、そういうことかと思いましたわ」
そういうこととは、どういうことなのだろうか。
「アタシもそう思うわぁ。あんな王太子なんかやめて、ジョージにしたら良いのにねェ」
「私は彼とは違うわ」
「……ローラ、大分端折ったでしょ?」
モモの軽やかな指摘に言葉を詰まらせたローラは、気まずそうに目を逸らしながら小声で訂正を加えた。
「……ジョージは私と違って気遣いが出来る素敵な人だから、私には勿体ないわ」
ゲルダが、扇子越しに目を光らせる。
完全に、面白い玩具を見つけた顔だ。
「じゃあ、サンフラワー伯爵令息に婚約者が出来たらどう思うのかしら? 嫌だと思わない?」
「……ゲルダ様、意地悪が過ぎますよ」
「あら、むくれている顔も可愛くってよ」
「むぅ……」
扇子で口元を隠しつつもローラをからかうように、にんまりと目を細めているゲルダから視線を逸らし、溜息をつく。
横で殆どゲルダと同じ顔で生暖かく見守るモモの視線には気づかないふりをした。
「……ゲルダ様、ご忠告感謝しますわ」
ともあれ、今日のお茶会は本当に大収穫だ。
「わたくしも、今日のお茶会のおかげでやりたいことが何となく浮かんだわ」
「……アイスクリームですか?」
「ええ! 作り方もセンセイからしっかり聞き出しますわよ」
「あらン、生徒が増えちゃったわねぇ。 でも、熱意のある子はアタシ好きよ♡」
応接室にゲルダの品のある笑い声と、モモの明るい笑い声が響く。
自慢の庭を眺めながら、友人とお茶をする。
今日は夢が叶った最高の日だと、ローラは幸福な気持ちをそっと胸に抱く。
◆◆◆
その幸せの絶頂は、翌朝顔色を悪くしたメアリーから、ゲルダが倒れたという知らせにより終わりを告げるのであった。




