モモのお給仕
コンコン、と控えめなノックの音にローラは顔をあげる。
「お茶のおかわりをお持ちしましたわぁ〜ン♡」
裏声を使っているが、どう考えても教育係の声だ。
「どうぞ」
一言声を掛ければ、応接室のドアが開く。
「……あら」
ワゴンを押しながら中に入ってきたのは、アンと同じメイド服を着たモモであった。
長い髪は白のシニヨンキャップに纏められ、裾の長いワンピースを揺らし歩く様は優美だ。
「貴方、ブロッサム伯爵令嬢の教育係ですわよね……何をしているのかしら?」
しかし、それでも二メートル弱の大男のメイド姿はあまりにも強烈すぎる。
主人であるローラも、現に開いた口が塞がっていない。
「うっふふ、ごきげんようスノードロップ公爵令嬢。 今日はピンチヒッターメイドとして活躍中のモモ・エンデですわ」
「まあ、相変わらず柔軟な方ね」
パッチンと綺麗なウインクをするモモに、さすがのゲルダも少し引き気味だ。
目を丸くするのも無理は無いだろう。
「……よく入りましたね、それ」
何とか開いたままの口から、ローラは言いたいことの一部を口に出す。
「うふ、魔法で大きくしてみたの。 ちょっと袖周りがキツいけど何とかなったわ」
「そうですか……」
「どお? 清楚で可愛いでしょう♡」
「……そうね、可愛らしいデザインだとは思いますよ」
裾を翻してキャピキャピと笑うモモに、ローラは軽く頭を抱える。
奔放すぎる教育係は、今日も自由だ。
「ごめんなさい、スノードロップ公爵令嬢。 不快に思われたなら謝るわ」
「別に良くってよ。 『旅人』と話をするのは初めてだから新鮮だわ」
どうやら機嫌は損ねていないようだ。
くすりと小さく微笑んだゲルダは、ソファに座り直す。
「で、ブロッサム伯爵令嬢お抱えの『教育係』のお給仕はどのようなものかしら」
モモを見上げる目は、値踏み半分興味半分といったところだ。
黒い瞳と、目が合う。
打ち合わせは既に済ませてある、後はモモに任せるとしよう。
「こちらは主であるローラ様が手ずからお作りになったラベンダーシロップですわ、渋みの少ない茶葉とは相性が良いのです」
ワゴンの上には新しい紅茶をセットしたティーコゼーと紫色の液体の詰まった瓶がある。
モモの振る舞いはまるで落ち着き払った執事のようで、穏やかでよどみない。
「勿論このままでも美味しく召し上がっていただけますが、ゲルダ様のお力をお借りできれば、珍しい飲み物をお作り出来ますわ」
「わたくしの、ですか」
緑の瞳が瞬く。
モモは一つ頷き、腕に掛けた黒いハンドバッグから、ガラスで出来たポットを取り出す。
「私のいた世界は夏が過酷な場所でして、氷を浮かべた飲み物で涼を取ったりしておりました」
「……まあ」
ゲルダが驚くのも無理はない、数日前にこの話を聞かされたローラも似たような反応をしたのだ。
「シーズニアでは、温かいものや出来立ての料理をいただくのが貴族の嗜みだとお聞きしております。 ですが、夏の暑さの中冷たいものを食べるという『贅沢』をぜひ、スノードロップ公爵令嬢にも知っていただきたく存じますわ」
人の良い笑みを浮かべるモモに、ゲルダが少し思案する。
客人に手を煩わさせるなど前代未聞だ、それはローラもよく分かっている。
(もし不興を買われたら、私が責任を取らなければ)
ローテーブルの下で軽く掌を握り締めるローラの耳に、ゲルダの静かな声が響く。
「わたくしに、魔法を使ってほしい……そういうことで良いかしら」
「ええ、是非お力をお借りしたいですわね」
少しの沈黙の後、ゲルダがテーブルの上の扇子を手に取る。
それを開いた後、彼女は口端を持ち上げながらモモを見据えた。
「良いでしょう、異世界からの客人。 その『贅沢』でわたくしを満足させてごらんなさい」




