ブロッサム邸の慌ただしい朝
今日のブロッサム邸は朝から慌ただしい。
使用人すべてを総動員し、邸の隅から隅を念入りに清掃している。
「今日のお客様は高貴な方です、失礼の無いように!」
「はい! メアリー叔母様!!」
本来なら日が昇ってから勤務予定だったアンも巻き込み、客人を迎える準備は急ピッチに進められていた。
ローラもまた、早朝から庭を整えたりティータイムの予定を整えたりと忙しい。
「中々気合が入ってるわねン♪」
「ええ、この日がついにやってきたもの」
パステルピンクの華やかなドレスへの着替えを済ませたローラは、鏡台の前に腰掛けながら、ムフンと目を輝かせる。
教え子の意気込む姿を微笑ましく眺めながら、モモがふわふわのパフできめ細やかなパウダーをローラの頬に乗せてゆく。
「さあおしまいよお嬢様、ご満足いただけたかしら?」
「ええ、先生。 最高だわ」
ドレスの上にしていたケープを外しながらおどけたように首を傾げるモモに、ローラは至って真面目に頷く。
(いつ見てもモモ先生の化粧技術は凄いわ……私じゃないみたい)
瞼は閉じる度にキラキラと水色の輝きを放ち、ぷっくりと艷やかな唇はまるで瑞々しい果実のようだ。
正直、先日のお茶会よりも気合いが入っている気がする。
「お嬢様、お客様がお見えになりました!」
ノックの後、入ってきたアンがハリのある声で来客を告げる。
「すぐに行くわ」
ドレスの裾を持ち上げて音もなく立ち上がると、ローラは迷いなく応接室へと向かって歩き出す。
緊張もあるが、それ以上に期待も大きい。
何故なら今日は父や幼馴染以外の、しかも同性のお客様が来るのだ。
応接室のドアの前に待機していたメアリーと目配せをし、ローラは開かれた扉を潜る。
「……ごきげんよう、ブロッサム伯爵令嬢。 お招きいただき、光栄ですわ」
そこには、ブルネットの長い髪を美しく纏め、黒と青のドレスに身を包んだゲルダが腰掛けていた。
「ごきげんよう、スノードロップ公爵令嬢。 こちらこそ、ご足労いただき感謝いたします」
立ち上がり、完璧なカーテシーを披露するゲルダ・スノードロップ公爵令嬢に返礼するようにドレスの裾を持ち上げ、しずしずと頭を下げる。
そして、目と目が合うとどちらともなく小さく微笑みあったのである。
◆◆◆
『氷雪の薔薇』ことゲルダのお茶会の後、ローラは逸る気持ちで招待状を送った。
招待状など送ることも初めてであったため、作成の補助にあたったメアリーが「お嬢様が他のご令嬢に招待状をお送りになる日が来るなんて」と涙ぐんでいた事は記憶に新しい。
返事は早急に返され、こうしてお茶会から五日後の今日、ゲルダがローラの邸に遊びに来たのである。
「先程少し庭を見せてもらったのだけれど、さすが花の魔法を扱えるだけありますわね」
「お褒めいただき、光栄です」
「お庭の事はご自身でされているとお聞きしていましたけれど、あの小動物のトピアリーもご自作なのかしら?」
「ええ、スノードロップ公爵令嬢がいらっしゃるのが嬉しくて、もう一体自分で整えました」
「まあ、面白い方ね」
数日前から日中は暑い日が続いており、庭でのアフタヌーンティーは断念することとなった。
それでも、応接室から庭の様子を見ることは出来る。
運ばれてきたアフタヌーンティーを楽しみながら、ローラはゲルダと庭を眺めながら他愛ない会話を楽しむ。
「あら、うちの商品を使ってくださっているのね」
「ええ、お陰様で快適に過ごせています」
室内の空気は涼やかだ。
応接室の一角には、壺のような見た目の魔道具が置かれており、そこから冷気が流れ出ている。
スノードロップ公爵下の商会で飛ぶように売れている室内冷却装置だ。
「夏の日はまだまだ続きますし、これから暑くなる一方ですから是非ご愛用くださいな」
「ありがとうございます」
ティーカップをそっと持ち上げ、紅茶の香りを楽しむ。
柑橘の爽やかな香りが、この快適な空間をさらに演出している。
「そういえば、オスマンサス侯爵家からの招待状は届きまして?」
対面のソファに品よく腰掛け、穏やかに紅茶を音もなく啜ったゲルダが緑の瞳をそっと開く。
ローラもまた、カップをソーサーに静かに戻して小さく頷いた。
「今朝、いただいたところです」
それは、一週間後に開かれるオスマンサス侯爵夫人からのパーティーの招待状のことであろう。
スノードロップ公爵家にも当然、届いているようだ。
「王妃様もご出席されるそうですね、オータムナル王太子殿下の誕生セレモニーも近い今、する必要はあるのでしょうか」
「あるから、するのでしょうね」
多分、ゲルダも同じ事を考えているのであろう。
心当たりが、ローラにもあるのだ。
「パンプキンス男爵令嬢が、オスマンサス侯爵家の養女になられるという噂が、立っていますね」
「そうね、あの御方ならやりそうだわ」
元々、パンプキンス男爵家はオスマンサス侯爵家とは懇意だ。
王太子の寵愛を受ける彼女が、適齢期の娘のいないオスマンサス侯爵家の養女に入れば新たな王太子妃候補として二人の前に立ちはだかる事になるだろう。
「……スノードロップ公爵令嬢は、パンプキンス男爵令嬢の事をどう思いますか?」
難しい顔をしていたゲルダが、ローラへと視線を向ける。
「……純粋すぎるわね、王太子妃になる責任も、背負うものも何一つ解っていない」
やはり彼女は優秀だ。
リコの事に対して私情は一切挟まず、端的に彼女が王太子妃には向かないことを述べる。
ローラは一つ溜息をつき、ゲルダに同意するように頷く。
「彼女は優しすぎます、そしてその優しさは必ず悪意ある者に利用される……それに彼女が傷つかないか、それが心配です」
「貴女は優しいわね」
「元平民の方に、王宮暮らしは荷が重いと思っただけです」
王太子妃、引いて王妃には責任が発生する。
そして、貴族の女達を掌握し丸め込む度量と才覚が必要だ。
リコがどう思っているかは分からないが、このままでは彼女にとって良くないことが起きてしまいそうな気がして仕方がない。
「わたくしは、貴女も向いていないと思っているわ」
「……そうでしょうね」
そして、王太子妃に向いていないのはローラも同じだ。
面と向かって飛んできた指摘を、ローラは悠然と受け入れるだけだ。
「それでも、私も家のために最後まで尽力したく思っております」
「……貴女も大変ね」
「貴族の娘ですから」
少しだけ悲しそうに、ゲルダが小さく微笑む。
初めて掛けられたねぎらいの言葉に、ローラもまた小さく微笑み返した。




