ひんやり贅沢ティータイム
ワゴンの上にはポットの他に、水差しが置いてある。
モモから水差しを受け取ったゲルダがゆるりと片手を上げると、ふわりと冷たい風が舞い上がる。
(……これが、スノードロップ公爵令嬢の魔法なのね)
水差しの水だけが音もなく浮かび上がる。
ぱきん、と乾いた音を立てて水が氷結する。
ローラの掌に乗るくらいの、粒ぞろいの氷が軽やかな音を立ててポットに落ちていった。
「んまっ、クリスタルみたいで綺麗だわン♡」
室内の明かりを受けて宝石のように煌めく氷の一つを、細いトングでつまみ上げながらモモが艶然と笑む。
続けて、バッグから取り出したのはグラスだ。
優美な曲線を描いたそれは、どちらかといえばワインやお酒を飲むのに適している。
「これはアタシの私物なの、可愛いでしょ?」
猫がくつろぐガラス製のマドラーを差し込み、氷をトングで一つ一つグラスに手際よく入れていく。
そして、紅茶の入ったポットを持ち上げ、いたずらっぽく笑ってみせた。
「じゃあ、行きますわよォ〜?」
色濃く抽出された紅茶が、音もなくガラス製のポットに注がれてゆく。
詰められた氷が紅茶を急冷しながら、パキパキと小気味のよい音を立てる。
その涼しげな音にゲルダから、ほうと感嘆の吐息が溢れる。
「先にベースを作っておくことで、色味を濁らせずに紅茶を楽しめるのよ」
スプーンで中身を混ぜ合わせたモモが、ワゴンに置かれたラベンダーシロップをグラスに注ぐ。
そして、ガラスポットを傾け、マドラーに沿わせるように急冷した紅茶をゆっくりと注げば、まるで氷の隙間を縫うかのように琥珀の液体が満たされてゆく。
「……綺麗だわ」
ぽつり、と呟かれるゲルダの言葉にローラも頷く。
シロップの鮮やかな紫色とは混ざり合うことなく、層を作っているのが何とも美しい。
「うふふ、実はもう一つスノードロップ公爵令嬢にお出しする『贅沢』なスイーツがありますのよ♡」
ゲルダの瞳が、興味に揺れるのがローラにも見て取れた。
黒のハンドバッグから次に取り出されたのは、ガラス製の小さな器と、どう考えてもハンドバッグよりも大きい、つるりとした入れ物である。
マニキュアを入れていた容器と同じく、この世界にはない材質のものだ。
まるで宝物を見せるかのように、モモがゆっくりと蓋をあければ、ひんやりとした冷気と共に白いものがびっしりと詰まっていた。
「ブロッサム伯爵令嬢、これは一体……?」
「スノードロップ公爵令嬢なら、お気に召すと思います」
想像を掻き立てるように、ローラはそれだけを厳かに告げる。
大きなスプーンが容器の中のものを掬い取ると、それは意外にも柔らかいようでまあるく姿を変えながらスプーンに山を作る。
「マダム・バーデンのバニラアイスは病みつきになりましてよ……」
ガラス製の器に白い小山が一つ、二つと乗せられる。
雪の結晶を固めたようなそれは、まるで冬の妖精のように可憐だ。
猫の絵の描かれた長細い敷物をローテーブルの上に二つ敷き、モモは完成したばかりの飲み物とスイーツを主達に振る舞う。
「はぁい出来ましたわ……、さあ召し上がれ」
少しの間の後、先にグラスに手を伸ばしたのはゲルダだ。
グラスのくびれに指を沿わせ、まるでワインを嗜むかのように一口グラスを傾ける。
「――まあ、なんて爽やかな飲み心地なのかしら」
そして、その驚きと喜びに顔を輝かせた。
どうやらお気に召してもらえたようで、内心安堵しながらローラもグラスに手をつける。
(確かに、美味しいものね……)
ローラも先日モモの手により、この『アイスティー』なる飲み物を実際に試飲している。
その美味さたるや、一口飲む度にため息しか出なくなったほどだ。
(ああ、でもこっちのほうが美味しいわ)
モモのハンドバッグから出された氷よりも、今日のアイスティーのほうが美味に感じる。
「この美味しさは、スノードロップ公爵令嬢のご尽力のおかげでしょうね」
「あら、そうなのかしら」
「スノードロップ公爵令嬢の作られる氷は言わば最高級のロックアイス、それで冷たい飲み物を作ればこんなに美味しいドリンクが作れますのよ」
「まあ、それは盲点でしたわ」
ローラの言葉を継ぐかのように、モモがにこやかに語る。
魔法を褒められれば悪い気はしないようで、ゲルダが面映ゆそうに目を細める。
「……確かに香りは温かい紅茶のほうが良いけれど、体を突き抜けてゆく清涼感は出せないわね」
「気に入っていただけたみたいで良かったですわぁ〜ン♡」
体の前で手を交差してシナを作るモモの姿を横目に、ゲルダは顔をほころばせながらグラスを置いて小さなスプーンを手に取る。
「まあ、冷たいのに柔らかいのね」
器から伝わる冷気とは裏腹に、白の小山は簡単にスプーンが入る。
一匙、口に運んだゲルダが大きく目を見開いた。
「――なんですの、これ!?」
ぱあぁ、とその氷華のような美貌が綻ぶ。
「これは『アイスクリーム』と言いまして、先生の生まれ故郷で夏によく食べられているデザートだそうです」
「まあ、甘くてひんやりとしてすぐに口のなかで溶けてしまうわ……なんて儚いのでしょう、まるで綿雪の精シマェナガァのようだわ!」
「シマエナガ?」
「ウィンティス領に伝わる可愛らしい小鳥の姿をした精霊です」
「へえ、何となく姿が判るわ」
モモとローラの精霊談義を尻目に、一気にゲルダが饒舌になった。
頬を薔薇色に染め、目尻はまるで溶けかかったアイスクリームのように蕩けている。
「はあぁ、なんて斬新で繊細なスイーツなのかしら……」
「キャンディはバニラアイスとよく合いましてよ♪」
「本当ですわ、バニラの風味と調和して更に美味しいわ!」
緑の瞳がキラキラと輝く。
『氷雪の薔薇』はその目尻を下げながらアイスクリームとアイスティーの織り成すマリアージュを全力で楽しんでいた。
年相応の女の子に見える彼女の様子に心を和ませながら、ローラも一口アイスクリームを口に運ぶ。
「……はあぁ……♪」
そして、その美味さに思わず身震いしながらため息を零すのであった。




