この物語のヒロインは①:sideリコ
パンプキンス家は、王都の『商業地区』と『平民住居区』の境にある、小さな靴屋であった。
職人気質な父と温厚で信心深い母、その間には三人の子供……そんな、平民の中でも少し貧しいくらいの何処にある家庭だ。
その家の長女であるリコ・パンプキンスが『魔法』を使えるようになったのは十五歳になったばかりの寒い日のことであった。
しもやけになり、痛い痛いと泣く妹が不憫で包帯を巻いた小さな手を温めている時に発現したのだ。
(あの時は、まるで神様が贈り物をくれたんだと思ったな)
母の血を濃く受け継ぎ、店の手伝い以外の時間は弟妹の世話や近隣の孤児院や教会の手伝いをするなど、リコは信心深い娘であった。
良い子にしていた私に、神様がプレゼントをくれた。
そう思ったリコは『癒しの魔法』を惜しみなく他人のために使った。
怪我をした人間や、発熱であえぐ赤子をその『魔法』で救い、気付けば『聖女』と呼ばれるようになった。
(貴族のお嬢様になれるって聞いたときは本当に驚いた)
教会を通してリコの事を知った王宮から呼び出されたリコと父はその稀有な魔法を讃えられ、その場で爵位を授けられた。
一代限り、リコが死没した後は無くなってしまうものではあったがそれでも恐れ多い名誉であった。
(本当に、最初は嬉しかっただけなの)
パンプキンス男爵となった父の仕事を大きく買ってくれた高位貴族が、貴族の靴の発注を流してくれるようになった。
リコを『聖女』として育て上げた王宮からの報奨金や、店が大きくなったことで家も裕福になり弟や妹もお腹いっぱい食べられるようになった。
「全ては神様の思し召しよ、リコ。 おごることなく、感謝しながら過ごしましょうね」
母だけは昔と変わらず質素な生活を心がけ、リコへの礼を神に祈っていた。
美味しいものが食べられるようになった。
つぎはぎのない綺麗なお洋服を、着れるようになった。
リコ・パンプキンスは幸せな筈だ。
(それなのに)
何故、胸のうちはこんなにも空虚なのだろうか。
◆◆◆
オスマンサス家のゲストハウスは、リコが現在暮らしているタウンハウスの何倍も豪華なところであった。
父に連れられ夜会に参加させられていたリコは、体調が優れないため客室で一泊することとなった。
慣れないヒールも、くびれを作るために腰をギチギチに締め上げるコルセットも、十五歳のリコには苦しいものであった。
「はあ……」
リコを心配して客間を手配してくれたのは、夜会の主催者であるオスマンサス侯爵の夫人であった。
初対面の頃から、何かとリコに気にかけてくれる人物である。
しかしそのオレンジの瞳の向こうに、得体のしれないものを感じてしまい、リコは彼女が少し苦手だった。
「……」
ドレッサーの鏡には、みじめな少女が映っている。
ココア色と緑の差し色を入れたドレスに、ハーフアップに結われた髪。
まるで、ドレスに着られているように思えた。
(お二人は、綺麗だったなぁ)
思い返したのは、日中に王太子の計らいにより参加させてもらった、スノードロップ公爵令嬢のお茶会での王太子候補二人の姿だ。
ブルネットの長い髪に鮮やかな色のドレスがよく似合うゲルダはまさしく白雪姫そのものであった。
(ゲルダ様は厳しいけれど、あたしに大切なことをきちんと教えてくださる良い方だ)
そして、白銀の髪に可憐な春咲花を冠のように咲かせるローラは、春の妖精のようであった。
(ローラ様は……はっきりものをおっしゃるけれど、とてもお優しい方)
以前中庭の噴水で会った時、ローラに掛けられた心配の言葉は胸に染み入った。
(二人とも堂々とされていて、凄いよね)
二人ならば、今日の夜会もそつなくこなしていたであろう。
少なくとも、自分のようにマナーの拙さや無知を嘲笑われることはないはずだ。
「……ぐすっ」
不甲斐ない自分に、思わず涙が出そうだ。
自分では手の届かない高嶺の花たち、生まれがそもそも違う、王妃となるべき者たちだ。
(あたしは、あんな素敵な方達の邪魔をしている)
ローラに嗜められたのに、涙はほろほろと零れ落ちる。
声を殺して泣くリコの耳に、ノックの音が響いた。




