雪解けキラキラネイル
絹のリボンを解く音は、いつ聴いても心躍るものだ。
些かの緊張感は抱きながらも、ローラはゲルダが包みを開ける姿を見守る。
「……ハンドクリームと、こちらは何かしら?」
手製のハンドクリームと共に入れられた小さなガラス瓶を、手袋をつけたほっそりとした指先が持ち上げる。
繊細なガラス瓶に入った、ローズピンクの液体が不思議なきらめきを放っていた。
「そちらは、マニキュアと申しまして……私が自作したものです」
まあ、と対面の令嬢が、扇子で口を隠しながら感嘆の声をあげる。
リコも他の令嬢たちも、目の前の美しいものに興味があるようだ。
「小さな筆が入っておりますわね、これを使うのでしょうか」
袋には、ローラが『魔法』で小さく縮小させた筆が入っている。
「出来れば、実演させていただきたいのですが、……お手を拝借できますか?」
緑の瞳が一つ瞬き、少し考える素振りを見せる。
懐疑よりも興味が混ざったのだろう、ゲルダがするりと絹の手袋を外した。
「まあ、ゲルダ様がお手を……」
「なんて美しい指先なのかしら……」
令嬢たちが口々に、ゲルダの令嬢らしい白魚のような手を褒めそやす。
「どうぞ、ブロッサム伯爵令嬢」
ゲルダが、信用してくれた。
緊張の中に、ふわりと喜びの花が咲く。
「……それでは、失礼致します」
傍にいたメイドに椅子を移動してもらい、ゲルダの横に座る。
手に取った彼女の手は、労働などしたことのない手をしており、氷の魔法使いであることを表すかのように冷たい。
「ハンドクリームを少しお借りします」
「任せますわ」
小さな容器に入れたハンドクリームは薔薇とベリーの華やかな香りが特徴的だ。
ローラもまた、手袋を外す。
クリームの滑りを借りて、ゲルダの指先から手首にかけてを丁寧にマッサージしてゆく。
「まあ……」
「なんと言えばいいのかしら、胸がムズムズしますわ……」
「絵になりますわね……」
ローラとゲルダの様子を見ていた令嬢たちは居心地悪そうに、けれど目を離せずにいる。
対面に座っている令嬢はキラキラと目を輝かせながら見守っている。
「お二方とも、きれい……」
そしてリコは、とろりと目を細め、うっとりとした声でそう呟いた。
「こうすると血行が良くなり、発色良くなるのです」
「……そう、貴女の指先のようになるのね」
ローラの指先には、パールピンクのネイルが可憐に輝いている。
ゲルダはそれに気がついたようだ、興味深そうに目を細める。
「初めて爪先を染める方を見たわ、貴女の教育係の入れ知恵かしら」
「……きっかけはそうですが、このマニキュアを贈りたいと思ったのは私の意思です」
「どうしてかしら?」
ゲルダの指先に、ローラの手の熱が移りつつある。
静かに問いかけられた言葉に、青い瞳を一つ瞬かせローラは静かに微笑んだ。
「可愛いと思ったからです」
ひくり、とゲルダが片目を引き攣らせる。
「正確には、モモ先生がしていたネイルを見て、可愛いと思ったから……ですね」
ガラス瓶をそっと開け、筆に液体を纏わせる。
余計な液体は瓶の入り口で落とし、ゲルダの中指の爪にそっと筆を置く。
「指先を好きな色で染めるだけで、こんなにも心が華やぐ。 私にとっては、勇気を出すためのお守りの一つになりました」
モモに教わった通り、根元から先へと三度に分けて塗り上げると、中指が光沢のあるローズピンクに輝く。
「それで、わたくしに?」
「はい。 手袋の下に仕込むお洒落なんて、奥ゆかしくて素敵ではないですか?」
「……話題にはなりそうね」
続いて小指、親指とローズピンクのマニキュアを塗ってゆく。
(今のところは、上手く塗れているわ)
邸に戻ってから何度も自分の手や、モモやメアリー達の手を借りて練習をした甲斐があった。
次に蓋を開けたのはアプリコットのマニキュアだ。
黄色がかったオレンジの液体を見下ろしながら、ゲルダは呟く。
「なぜ、わたくしにその色を?」
その色は、二人の因縁の色だ。
真っ直ぐにこちらを見抜く瞳は、まるで陽光の下のアレキサンドライトだ。
「貴女に、ずっと謝りたいことがありました」
それはかつての過ちだ。
幼いとはいえ、自分は公衆の場でゲルダを辱めたに等しい発言をしたのだ。
「お色が、お肌の色をくすませて見えてしまっていたのです。 あの頃の私は、それをどうお伝えすべきか分からなかった」
「……」
「もっと言葉を選べばよかった。 全ては私の不用心な発言が原因です」
そうして静かに頭を下げれば、ゲルダはそれを片手で制した。
「貴女に悪意が無いことは分かっていました。
良くも悪くも素直な方ですから」
「……」
ゲルダは小さく溜息をつくと、仕方ないとばかりに小さく微笑んだ。
「過去のことは水に流します。 わたくしも、幼かったですから」
「……ありがとうございます」
ひとまずは、謝罪は受け入れられた。
けれど、ローラが目指すのは謝罪ではないのだ。
「スノードロップ公爵令嬢は白雪姫のように純白のお肌ですから、はっきりとした色味のドレスのほうが似合うかもしれません」
アプリコットのマニキュアは、人差し指と薬指に塗り込んでゆく。
パールシェルの輝きが、ゲルダの指先で品よく輝くのを令嬢たちは固唾を飲んで見守っている。
「けれど、こうやって指先やアクセサリーなら……こういった色味も取り入れやすいのではないでしょうか」
美しく染め上げられた右手を持ち上げ、ゲルダは己の指先を眺める。
「……綺麗ね」
そして、静かに唇を持ち上げるとローラに微笑みかけたのだ。
「ありがとう、ブロッサム伯爵令嬢。 わたくしは、思い違いをしていたかもしれないわね」
明日で四章完結となります!
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