『風花令嬢』vs性悪令嬢②
遠くから聞こえる甲高い悲鳴と硬いタイルの冷たさ。
椅子ごと転倒したことに気付きながら、ローラは痛む腕や脇腹を押さえる。
「――ブロッサム伯爵令嬢、大丈夫ですか?」
一番に立ち上がったのはゲルダだ。
ドレスの裾を優雅にさばきつつ、足早にローラへ近付く。
ローラの身体にそっと触れ、起き上がるのを手伝ってくれた。
遅れてリコや、他の令嬢もゲルダに習い、ローラを囲んだ。
「まあ、ドレスの裾が」
「お気の毒に……」
「お顔にも擦り傷が有りますわ……」
ドレスの裾は破れ、靴も汚れてしまっている。
ローラの惨状を見たゲルダが、思い切り顔をしかめる。
「椅子が噛んでいたのかしら、御高説をおっしゃる割には足元が不注意ですのね」
ここまでするつもりは無かったのだろう、少し目を泳がせながらも毒を吐くのは巻き毛の令嬢だ。
どう見ても犯人なのは、言うまでもないだろう。
先日の件から、彼女はどうやらローラを毛嫌いしているらしい。
「……っ」
どうやら、転んだ際に足を挫いたようだ。
手のつき方もまずかったようで、手首にも痛みが走る。
「だ、誰かお医者様を呼んでちょうだい」
「大丈夫です、あたしが治します!」
狼狽する令嬢を手で制してそう宣言したのは、リコだ。
決意を込めた榛色の瞳は、凛として美しい。
「ブロッサム伯爵令嬢、失礼します」
ローラの手を両手で握り、リコは目を閉じる。
その姿はまるで祈るかのようだ。
「……あ」
全身に走っていた痛みが、引いてゆく。
リコの暖かな手を伝って流れていく彼女の魔力は、その人柄によく似た穏やかなものであった。
そっと手を離されたローラが、恐る恐る手首を動かす。
「……ありがとう、ございます」
「……あたしも、貴女に助けられたから」
傍らに落ちていた包みを拾い、丁寧に汚れを払ったリコが、花のように可憐に微笑む。
受け取った包みは少し形がいびつになったが、中身は壊れてはいなさそうだ。
「スノードロップ公爵令嬢、お茶会を騒がせて申し訳ありません」
「……いえ、大事ないようで良かったです」
ローラの怪我が癒えて少し安心したのだろう、傍にいたゲルダがゆるりと首を振った。
やはり、ゲルダは悪い人間ではない、頷くローラの頭上に意地の悪い声が振ってきた。
「まあ、ドレスも破れて不格好ですわね! 早くお帰りになられたほうが良いのではないかしら」
片眉を上げながら、白々しくそう言い放ったのは巻き毛の令嬢だ。
手を貸そうとしてくれるリコに軽く礼を言いながら立ち上がったローラは、青い瞳を静かに向ける。
「お気遣いありがとうございます。 パンプキンス男爵令嬢のおかげで怪我も癒えましたし、心配いただかなくとも結構です」
「……!」
多分、この淡々とした物言いが令嬢の癪に障るのだろう。
小鼻を膨らませ、興奮した様子で巻き毛を振り乱しながら彼女は声を荒げた。
「みっともないと思いませんの? ゲルダ様や皆様に見苦しい姿を見せてまで我儘を通されますのね!」
「不注意でこの場を荒らしたことは先程お詫び致しました。 これ以上蒸し返すのは些か品が無いかと」
「この、『風花令嬢』風情が……!」
その時、ローラの後ろでやりとりを眺めていたゲルダが溜息をついた。
「……そうですね、確かに見苦しいわ」
その瞳は刺すように冷たく、ローラは贈り物の包みを抱えながら俯く。
(やっぱり、認めてもらえないのかしら)
不愉快そうに眉間にシワを寄せながら扇子で口元を隠すゲルダに、巻き毛の令嬢の顔が華やぐ。
「ゲルダ様、早くこんな見苦しい方にはお帰りいただきましょう!」
「そうね」
ぱちん、と扇子を閉じる乾いた音がする。
「では、今日の所はお引き取りいただけますかしら? ……イースター伯爵令嬢」
パティオの空気が、しんと静まり返る。
「……は?」
ひくり、と巻き毛の令嬢のつり上がった頬が軽く痙攣する。
周りの令嬢が固唾を飲んで見守る中、ゲルダは心底不快そうに言葉を続けた。
「言葉の通りです、茶会の輪を乱すような方はご遠慮いただきたいわ」
「え、げ、ゲルダ様……私達、お友達じゃあないですか」
「貴女はわたくしの家の商会の、下請けの娘。
ただ、それだけの関係ですわ」
絞り出すような巻き毛の令嬢の言葉に、ゲルダは冷たく即答する。
憧れのゲルダからの明確な拒絶に、興奮で赤らんでいた顔は一気に血の気が引いていった。
「誰か、イースター伯爵令嬢をお送りしてちょうだい。 ああ、お土産は持って帰っていただいて結構よ」
泣きそうな顔の巻き毛の令嬢がキョロキョロと辺りを見渡す。
同じ取り巻き仲間である令嬢達ですら目を合わせないようにしている事実を目の当たりにし、ガクリと肩を落とした。
執事に案内されとぼとぼと去っていく背中を見送るローラに、静かな声が掛けられた。
「ブロッサム伯爵令嬢。 不快な思いをさせて、申し訳なかったわ」
驚きに、ローラの目が見開かれる。
それは、あのプライドの高いと恐れられていた『氷雪の薔薇』の、潔い謝罪であった。
「スノードロップ公爵令嬢が謝られることではないです」
「いいえ、わたくしの開いた茶会ですから、責はわたくしにあります」
緑の瞳がすっと細められる。
きっぱりと言い切る姿は、いっそ清々しいものだ。
ローラは少しの沈黙の後、そっと口を開く。
「このまま、滞在をお許しいただけますか?
貴女に、お贈りしたいものがあります」
包みを抱える手に力が入る。
その気概を感じ取ったのであろうか、ローラを見据えたゲルダは、静かに一つ微笑んだ。
「ええ、お見せいただけますかしら?」




